EBMでは次の5つのstep(手順)を繰り返しながら医療を行ないます。

step1: 臨床的な疑問(問題)をわかりやすく定式化しておく

step2: 実際の臨床で使えそうな情報を効率よく広範に集める

step3: 集めた情報を批判的に「吟味」する(ふるいにかける)

step4: 吟味した情報が使えそうなら目の前の患者さんに利用してみる

step5: step1~4をおさらいしてstep1に戻る

何だかビジネス界でよく使われる「PDCA」の手法を連想させますね。このような方法を統合的に実行することで、さまざまな医療情報をふるいにかけ、目の前の患者さんにも使えるかどうかを徹底的に吟味します。そのようにして「名医(エラい先生)」の勘や経験にだけ頼らないようにするわけです。頼るべきは個々の医師の勘や経験ではなく、「上質なevidence」だというわけです。

今さらそんなことをいうとEBMが登場する前に行われていた医療は「エビデンスに基づいていなかった」みたいですが、必ずしもそういうわけではありません。やるべきことをちゃんとやっていた医師もいたのです。もし医師たちが「勘」や「経験」だけに頼る医療をずっと続けているとしたら、現代の医療界ではもう通用しません。90年代以降の世界的なEBMの潮流は「根拠に基づいた医療の方法論」を、医療統計学などを体系的に再構築したことで大きな流れとなったのです。今ではEBMは医療界全体のバックボーンになっています。

どのようなevidenceが「上質」と言えるのかは、ある程度決まっています。例えば、患者さんをプラセボ(偽薬)を使う人と本物の薬を使う人に分けてくじ引きを行い、両方の効果を比較する試験(無作為化比較対照試験: RCT)が今のところ短期的にはレベル(質)が最も高い情報だと言われています。新薬の承認申請時には、当局にRCT論文を提出することが多いのです。

咳止め風邪薬には効果がない!?

ところで臨床試験時、がん患者さんやAIDSの患者さんにプラセボを処方するのは問題があると思いませんか? 臨床試験のためとはいえ、重大な(致命的な)病気を実質的に治療しない(治療するふりをする)わけですから。

そこで現在のRCTでは、プラセボを使うことが倫理的に問題がある場合は、全く効き目のないプラセボの代わりに、よく似た効き目を持つ別の薬を対照薬(比較薬)として使うのが普通です(厳密には、これもプラセボの一種ではありますが……)。

今では考えにくいことですが、30年ぐらい前の日本では、エビデンスのレベルがかなり低い論文で、多くの医療用医薬品が国から製造(販売)承認を受けていました。著名な(業界で権威のある)医師や大学病院の医師らが厳密な臨床試験もせず、「あの薬を使ってみたがよく効いたよ」といった「レポート」をメーカーや国に報告すれば「合格」してしまうということもあったようです。

それではまずいということで、昔に承認された薬剤のエビデンスを見直す作業も最近では行われています。その結果によっては、薬の承認を取り消されるケースもあります。

つい最近も、米国胸部医学会が「咳止め風邪薬には効果がない」として、風邪に伴う咳を抑える目的での市販の風邪薬使用は推奨できないとの見解を示しました。このようなことを聞いたら、あなたならどうしますか? 市販の風邪薬で咳を止めることには「根拠: evidenceがない」と米国の権威ある学会が言うのです。

医療の消費者としては、「権威」ではなく「エビデンス」の中身(質と分析法)に注目して、よく考えたいものですね。

※写真と本文は関係ありません

筆者プロフィール: フリードリヒ2世

薬剤師。徳島大学大学院薬学研究科博士後期課程単位取得退学。映画とミステリーを愛す。Facebookアカウントは「Genshint」。主な著書・訳書に『共著 実務文書で学ぶ薬学英語 (医学英語シリーズ)』(アルク)、『監訳 21世紀の薬剤師―エビデンスに基づく薬学(EBP)入門 Phil Wiffen著』(じほう)がある。