「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。
このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。
そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「大量の硬貨での買い物」だ。
47歳の男性・Gさんはコンビニエンスストアの店長を務めている。昨今の報道にあるように、24時間365日オープンのコンビニ業はかなりの重労働。アルバイトやパートタイマーの人がシフトに入れなければ、Gさん自らが店頭に立ち、さまざまな業務をこなしている。ただ、Gさんが店を構えるエリアは高齢者の居住者が多い。遠くのスーパーまで行くのが難儀な人たちにとっては、徒歩圏内にあるGさんの店が文字通り「救世主」となっており、Gさんも毎日の仕事に充実感を覚えていた。
ある日、普段あまり見慣れない80歳ぐらいの男性客がGさんの店を訪れた。その客はおにぎり1つをレジに持ってくると、おもむろに1円硬貨がぎっしりと詰まったビニール袋を取り出して「これで買いたいんじゃが、いいかのう……」とGさんに尋ねてきた。平日の昼下がりで客はこの男性以外に皆無。さらに初めての訪問と思しき男性客の頼みをむげに断るわけにもいかないと考えたGさんは、「では、この袋の中からお代分の110円をいただきますね」と言ってコインカウンターで1円玉の枚数を数え、110枚の1円玉と引き換えにおにぎりを男性客に手渡した。「変わったお客さんもいるもんだな……」とGさんは思った。ところがその翌日、また同じ男性客が来店した。今度はサンドイッチとペットボトルのお茶、合計358円分をやはり1円玉だけで購入しようとした。この日は前日と違い、店内には他の客もおり、男性客の後ろにはレジでの精算を待っている人がいた。幸い、隣のレジでアルバイトの人がレジ業務を行っていたため、一気にレジ前に長蛇の列ができる可能性は低い。Gさんは「1円玉だけでの購入は、もうこれで最後にしてくださいね」と男性客に念押しをすると、男性はコクリとうなずいたので、代金と引き換えに商品を渡した。
それから2日後、三度あの男性客がGさんの店を訪れた。不安げな顔をしながらGさんがレジに立っていると、男性客はGさんの前にやってきて幕の内弁当とビールが入ったカゴをレジカウンターに置いた。「お会計は780円になります」。Gさんがそう告げると、男性は「じゃあこれで」。どう見ても数百枚以上の1円玉が詰まっているビニール袋がレジカウンターに置かれた瞬間、Gさんは絶句した。
このようなケースでは、男性客は何らかの罪に問われるのだろうか。安部直子弁護士に聞いてみた。