Cさんは、経営する居酒屋で午後8時くらいから午後11時の閉店間際までお店のトイレを特定の客(泥酔したサラリーマン)に占拠されました。このことでCさんのお店の他の客が気分を害し、客離れの損害も発生しています。
今回の泥酔したサラリーマンの行為には、どういった法的問題があると考えられるでしょうか。
まず、今回のサラリーマンは居酒屋の客ですし、直接的に他の客や店員に危害を加えたわけではありませんので、今回のサラリーマンの行為は、犯罪には該当しません。
サラリーマンが居酒屋のトイレに長時間こもり、他の客が帰ってしまうなどのお店への損害が発生しており、お店の人が、明確に退去を求める声を繰り返しかけても退去しなかった場合、刑法上の「不退去罪」(刑法第130条後段)という犯罪が成立する可能性があります。
不退去罪とは
不退去罪とは、人の住居や建造物などに入った人が、所有者や管理権者から退去を求められても退去しなかったときに成立する犯罪です。たとえば押し売りなどが家に入ってきたときに、居住者が「帰ってください」などと言っても出ていかずに居座った場合などに不退去罪が成立します。不退去罪の刑罰は「3年以下の懲役または10万円以下の罰金刑」です。
住居侵入罪と不退去罪の違い
「不退去罪」と「住居侵入罪(建造物侵入罪)」(刑法第130条前段)は似ていますが異なる犯罪です。
建造物侵入罪は、建造物に侵入する際に既に「不法な目的」を持っており、管理者の意思に反して不法侵入したときに成立します。不退去罪の場合、侵入の際には管理者の意思に反せず適法に建物内に入りますが、建物内で管理権者から退去を求められても退去しなかった場合に成立する犯罪です。
住居侵入は「初めから不法侵入」であるのに対し、不退去罪の場合には「当初は適法だったけれども後に管理権者の意思に反して不法占拠」する点に違いがあります。
本件の客の場合
本件でCさんのお店のトイレに居座ったサラリーマンは、もともと居酒屋の客として店内に入ってきた人です。お店はお客様に開かれた空間ですし、サラリーマンは居酒屋で飲食する目的を持っていたと考えられるので、店内に入ったこと自体は建造物侵入罪になりません。
しかしトイレに長時間こもり、お店の人が迷惑に感じて「出てきてください」「お店から出ていってください」と繰り返し明確に退去を求めたにもかかわらず出ていかなかった場合には、その時点で不退去罪が成立する可能性があります。
退去を求めなかった場合には成立しない
不退去罪が成立するには、建物の管理権者が占拠者へ「退去を求める」必要があります。退去を求められても出ていかなかったことが不退去罪の構成要件の一つだからです。
お店の人が「出ていってほしいなぁ」と思っていても明確に「出ていってください」と言わなければ不退去罪は成立しません。実際、居酒屋などでお店の人がトイレにこもったお客さんに向かって「今すぐ店から出ていってください」などと強く申し入れることは困難な状況が多いでしょう。
本件でもCさんは泥酔したサラリーマンに対し、トイレのドアをノックして「どなたか入っていらっしゃるのですか? もうずいぶんと出てこられないようですが、何かありました か?」と声をかけるのがやっとであり、後は店員に「継続的に声をかけるように」と言い残しただけです。これだけでは「退去を求めた」とまでは評価されないので、サラリーマンには不退去罪が成立しません。
また、今回のサラリーマンは泥酔していたため、退去を求められたのに退去しないことに、故意があったといえるかも微妙なところです。