「世界一美しい谷」と言われるネパール・ランタン谷。この地を舞台にして、俳優・仲野太賀を被写体に、写真家・阿部裕介氏が撮り、テレビディレクター・上出遼平氏がつづった旅本『MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY』(講談社)が好評だ。

行程の記録と写真を組み合わせた従来の旅行記ではなく、異国の地で心が解放された俳優の自然体の姿や、これまで表舞台に出ることのなかった写真家が次々に起こす想定外すぎる行動を、当事者でありながら俯瞰する上出氏が魅力的に描いたかと思えば、文章上で妄想が暴走する場面も。一方で、大地震の爪痕を目の当たりにしたり、現地の文化や歴史に深く触れることができたりと、ページごとに感情が揺さぶられ、不思議な追体験が味わえる一冊になっている。

真冬のニューヨークで「ミッドナイト・ピッツァ・クラブ(MPC)」というユニットを結成し、旅を起点に出版、道中の音声コンテンツ、グッズ販売など様々な展開に挑んでいる3人にインタビューを行うことになったが、上出氏が交通事情によりまさかの遅刻ということで――。

  • (左から)仲野太賀、上出遼平氏、阿部裕介氏 撮影:蔦野裕

    (左から)仲野太賀、上出遼平氏、阿部裕介氏 撮影:蔦野裕

“阿部ちゃん”が大ブレイク

――今回の本は上出さんの主観で仲野さんと阿部さんがイジり倒されているので、上出さんが来る前に欠席裁判しましょう(笑)

仲野:もう我々のことを散々バカにして書いて、それでいて自分は「やれやれ全く困った弟たちだなあ」「僕はあくまでアカデミックですけど」みたいな感じを出してるじゃないですか。それで上がってきた文を読むと……本当にアカデミックな人で、「ムカつく―!」ってなりますよ(笑)。ヒゲ生やしてスキンヘッドで、ちょっとコワモテでサイバーテロリストみたいな見た目してるけど、よくよく目を覗いてみるとすごくキラキラしてるので、それがかわいい。だから、年上の人にも「上出くん、上出くん」って好かれるんですよね。

阿部:テレビに出てる時はカッコつけて低めのトーンで話してますけど、僕らといる時は3トーンぐらい上がって裏返ってますからね(笑)

仲野:すごいカラオケ好きなんですよ。ディズニーの「アンダー・ザ・シー」ばっかり、1日に3回くらい歌うんですから。この話は絶対に「カットしてくれ」って後で言うはずです。上出さんはそういう男です。

阿部:編集権は必ず自分が持っていて、僕らはNGを出さないと思ってるんですよ。

仲野:あと、すごくグラムに厳しいんですよ。荷物の重さに。すごく長い旅だし、ちょっとでも荷物を軽くしようとして、僕らの分のジャッジも上出さんがするんです。この数グラムが山登りでは命取りになるし、それが違うだけで全然楽しくなるからって、「グラム、グラム」言ってる割には、自分の毛を剃る電気シェーバーは絶対に持っていくって。

阿部:歯ブラシの柄の部分を切ってまで軽くしてるんですよ?

仲野:しかも上出さんのおじいちゃんの会社の名前が「株式会社グラム」っていうんですよ。なんだその話(笑)

――先ほど仲野さんが上出さんの文章を「アカデミック」とおっしゃっていましたが、阿部さんはいかがですか?

阿部:何回読んでも「ここまで笑えるか」ってぐらい笑っちゃいます(笑)。本を読みながら笑うことはあっても、大爆笑することはなかなかないです。僕ら相当イジられてるんですけど、息をつく暇がないぐらい笑える。かつ歴史的な背景とか、読者に感じ取ってもらいたいことにもしっかりフォーカスして、そこからまたちゃんとオチを作って笑かして。リズムとして真面目すぎず、フォーカスポイントがうまいなと思いました。

――本当にそうなんですよね。仲野さんの自由な感じがより強く魅力的に出ていますし、何より阿部さんですよ。ここは皆さんと同じように「阿部ちゃん」と呼ばせていただきたいのですが、もう大好きになっちゃって、「この次、阿部ちゃん何をしでかすんだろう」って楽しみになっていくんです。本人も笑いながら読まれていたんですね。

阿部:笑っちゃいますね(笑)

仲野:「これ阿部ちゃん怒らないのかな?」って思うくらいなんですけど、そこで笑っちゃうのが阿部ちゃんの素敵さなんですよ。

阿部:本当に楽しかったんですよね。自分もここまで吹っ飛べるんだっていうくらい楽しくて、解放されちゃって。僕、お酒もタバコもやらないんですけど、本当にパッカーンってなっちゃって、それだけめちゃくちゃ楽しかったんです。

――それは自分の行きたかったところに、仲間が来てくれたという喜びもあるのでしょうか。

阿部:そうですね。あとやっぱり景色がきれいだったのも大きいです。標高7,000~8,000m級の山が目の前にドカーンってあると、心が広がってしまう感じがあるんです。

仲野:阿部ちゃんは思い出すだけで面白いです(笑)

阿部:でも、僕からもありますよ、みんなのおちゃめなところ。今回の旅で、太賀くんが毎日英語の教科書を広げて読んでたんですよ。でも、チラッとみたら顔に本がかぶさって寝ちゃって、全然勉強してない(笑)。そういう面白い場面はいっぱいありました。

――本で上出さんにツッコまれた天然の言い間違いもありましたよね。

仲野:あれはこの本を読んで気付きました(笑)

阿部:僕らは気づいてましたけど、その場で教えなかったんです(笑)

仲野:本当にただ旅してるのを録音してるだけだから、もう無意識でしかないんですよ。撮られてる意識もないし、自然に振る舞えちゃうから。

阿部:それと山登りって疲れるので、そういう時に何も考えずに適当なことをしゃべってるのが載っちゃってるんですよ(笑)

――阿部ちゃんの「実際」と言う口癖も記録されています。

阿部:2人がクスクス笑ってるんで、途中で自分が「実際」ってめっちゃ言ってるのに気づいたんです。本当に頭を使わずしゃべってると出ちゃうんですよね。

「絶対良いものにしたい」――出来上がりを見て崩れ落ちる

――今回の旅のきっかけについて、本にはニューヨークで3人が夜な夜な遊び続けた混乱の中で、旅先がネパールに決まったと書いてありますが、お酒を飲まない阿部ちゃんから改めてネパールになった経緯を教えてください。

阿部:太賀くんと10年ぐらい親交がありまして、いつか一緒にネパール旅したいねって話してはいたんですけど、海外に一緒に行ったりすることはあれど、なかなか本格的な“旅”をするチャンスがなくて。そんな中で、太賀くんがまとまって休めるタイミングがあったので、これを逃がすわけにはいかない、一緒に山登り兼ネパール旅をしようとなったんです。

仲野:こういう話って、実現しないのがほとんどじゃないですか。でも阿部ちゃんがすごいのが、翌日には企画書を作ってたんですよ。行動力が半端じゃないんで、その翌々日には「ノースフェイスに協賛のお願いした!」って。だからこそ、実現できたと思います。

阿部:上出さんも忙しくて、テレビプロデューサーなので、「しっかり練られた企画じゃないと行きません」って言われると思ったんですけど、僕が「行きたい!」って行ったら「行きたい!」って言ってくれて。こんなにいとも簡単に乗ってくれるとは思わなかったので、すごくフットワークが軽くて、一緒に旅をしやすい方ですね。

――その旅からいろんな展開が広がっていくのが面白いです。

阿部:旅って単純なことだから飽きないんですよ。山登りして、いろんな人たちと出会って、話して、それを記録して、帰国したら写真をプリントして、文章書いて、何回も味が楽しめる。すごくシンプルで良い遊びだと思います。

――それを出版するといろんな人から感想があって、「そういう見方があるのか」という発見もあるでしょうし、写真などの展示会もやられましたもんね。

仲野:一つの旅を分解して、本にしたり、展示会したり、Audibleで音声を配信したり、グッズ作ってみたり、そういうことがいろいろアイデアとして出てくるので、本当に一つの旅を味わい尽くしてる感じです(笑)

――最初の企画書の段階で、ここまでの広がりは想定していたのですか?

阿部:考えてなかったですね。山を登りながら現場で話していくうちに決まっていった感じです。だいたい朝7時くらいから2時とか3時ぐらいまで歩いて、宿に着いたらずっと話してたね。

仲野:写真集であるべきなのか、旅本なのか、いずれにしてもいまだかつてない本を作りたいなって話して、みんなでいろいろ意見を出し合って、結果としてこういう形になったのは本当に良かったね。

阿部:上出さんがいつも言うことなんですけど、役割分担がすごくしっかりしていたんです。写真を撮る僕がいて、書く上出さんがいて、グッズ展開やPRでは太賀くんが頑張ってくれて、それぞれの長所が本当にうまくいったという感じですね。

――3人の遊びから始まったものが実際には仕事として動いているわけですが、仕事感はあまりないですか?

仲野:旅してる最中はまずないですし、そこから付随することも基本的にこの3人でやってますし、協力してくれるのも勝手知ったる人ばかりなので、そこまでないですね。

阿部:それにしても、ニューヨークで「ネパールに行こう」と言ってからまだ1年も経ってないんですよ。それがこんな形になると思ってもいなかったです。「行こうぜ!」の遊びがこんなに人を巻き込んでこんな作品になったので、若い世代の人がこれを読んで「俺らも仲間で旅に行ってみようぜ」ってなってくれるとうれしいです。そこに、洋服でも音楽でも写真でもいいですし、自分の得意分野を使うことによって、いろんな組み合わせで旅をパワーアップできるはずなので、そういう活動のきっかけになったら、いいなと思いますね。

――旅ってものすごくシンプルなものじゃないですか。だからこそ、いろんな要素を組み合わせやすいんですかね。

仲野:そうかもしれないですね。ただ歩いてるだけですから(笑)

阿部:たしかにそうですね。僕たちは写真家、役者、ディレクターという組み合わせですが、調理師さんがいてもいいし、いろんな職業の人がいるだけ広がりますよね。僕、昔は旅って1人がカッコいいと思ってたんです。でも、十何年1人で行ってたランタン谷で、今回2人と一緒に旅をしたことで毎日新しいことを学べたので、一人旅にこだわりすぎなくてもいいかなと思うようになりました。

仲野:今回、阿部ちゃんから製本が届いたって連絡がきた時、もう大興奮だったんですよ(笑)。電話口で泣きそうになってたもんね。

阿部:自分の本を作った時よりもうれしかったんです。今回はいろんな人が関わってくれましたし、太賀くんの写真を絶対に良いものにしたいと思ってたから、出来上がったのを見て崩れ落ちました(笑)

上出:おつかれさまですー(笑)

仲野:あー来た来た(笑)