天文学者ガリレオ・ガリレイが、木星のまわりに4つの大きな衛星を発見したのは1610年のことだった。
そのうちのひとつ「エウロパ」は、20世紀に入ってからの探査により、地表が氷に覆われていることがわかり、さらに地下には液体の海が広がっているのでは、そしてもしかしたら生命が存在するのでは――と期待が高まった。
いくつもの探査計画が立ち上がるも、エウロパは遠く、さらに氷の大地の地下を探査するとなると、技術的にもコスト的にも実現は難しかった。
それでも、科学者は諦めなかった。そして2024年10月15日、その探究心と情熱が結実した探査機「エウロパ・クリッパー」が地球を飛び立った。
木星の衛星「エウロパ」
エウロパは、イオ、ガニメデ、カリストとならぶ「ガリレオ衛星」のひとつで、1610年にガリレオ・ガリレイが発見した。直径は3122kmで、ガリレオ衛星の中では最小で、地球を回る月(3475km)よりも小さい。
エウロパを初めて探査したのは、1973年から1974年にかけて、米国航空宇宙局(NASA)の探査機「パイオニア10」と「パイオニア11」にまでさかのぼる。両探査機は木星系を史上初めてフライバイし、エウロパも撮影したものの、その画像は不鮮明なものだった。
1979年には、NASAの探査機「ボイジャー1」と「ボイジャー2」がより鮮明な画像の撮影に成功し、そしてエウロパの表面が氷に覆われていること、またその特徴と構造を初めて明らかにした。
そして1995年にNASAが打ち上げた探査機「ガリレオ」は、エウロパ探査において重要な役割を果たした。ガリレオはエウロパを複数回フライバイし、その表面の詳細な画像とデータを収集した。その観測結果から、エウロパの表面下に液体の、塩水の海が存在する可能性が示唆された。その総量は、地球の海の2倍にもなると推定されている。
さらに2011年には、NASAの「ハッブル」宇宙望遠鏡が、エウロパから間欠泉のように水蒸気が噴出していることを観測し、液体の水が存在する新たな証拠として注目された。
こうしたことから、エウロパは生命の存在の可能性がある場所として注目されている。生命が存在するためには、液体の水、エネルギー源、そして有機物が必要とされる。液体の水は生命の活動に必要な溶媒として機能し、エネルギー源は化学合成や熱エネルギーによる代謝を可能にする。また、有機物は生命の基本構成要素となり得る。
そして、木星の強い重力と他のガリレオ衛星との相互作用により、エウロパは内外から引っ張られ、形状がわずかに変形している。この変形によって熱が生まれ、適度な温度が維持され、液体の水が存在するとともに、代謝活動の維持や化学合成の促進に必要なエネルギー源にもなると考えられている。
また、エウロパの地表は流動しており、そして間欠泉のような地下と地表とをつなぐ活動もある。もし、小惑星や彗星などから有機物がもたらされれば、それが地下の海へ送られ、生命誕生のきっかけとなったり、生きながらえるのに必要な環境を維持し続けるのに役立ったりしているかもしれない。
もちろん、人や魚のような生命体は難しいだろうが、地球の深海の熱水噴出孔のまわりで生きている始原的な微生物のような生命ならいるかもしれない。
さらに、もしなんらかの生命体が存在しているならば、間欠泉によってその痕跡や、生命そのものが吹き上げられている可能性すらあり、海に潜ることなく、生命の有無を調べることもできる。
エウロパ探査の難しさ
しかし、それほどエウロパが注目されつつも、直接探査する計画はなかなか実現しなかった。
その理由には、まず木星圏が非常に遠いということがある。探査機を木星圏まで飛ばすには莫大なエネルギーが必要で、開発費や打ち上げ費も莫大なものになる。これまでの宇宙開発の歴史上、木星圏を探査したものは9機しかなく、いかに難しいかが現れている。
そして、エウロパの探査の場合には、さらに輪を掛けて難しくなる。エウロパは、木星の磁場がつくる放射線帯の中を公転しているため、探査機もその中を飛ばなければならない。強い放射線の中でも動くコンピューターや観測機器の開発は難しく、大きな障壁となっていた。
さらに、地表を覆う氷の厚さは推定10~40kmとはっきりしていないうえに、推定値でもかなり厚く、さらにその下の海の深さもわかっていない。そのため、どういう観測機器を積めば、十分な科学的成果が得られるのかという検討や、そのための装置の開発も難しかった。
エウロパを探査しようという構想は、前述した探査機ガリレオの成果を受けた、2000年代から本格化した。NASAは当初、原子炉を搭載した「JIMO (Jupiter Icy Moons Orbiter)」という野心的な計画を立ち上げたものの、技術的、コスト的な理由から中止となった。
次に、欧州宇宙機関(ESA)と共同で、大型の探査機「EJSM (Europa Jupiter System Mission)」を造る計画が立ち上がったものの、これも中止となった。ただ、ESAはその後、自分たちの担当箇所だけを開発継続し、「ガニメデ」を探査する木星氷衛星探査計画「JUICE」を造り上げ、2023年に打ち上げている。
その後もNASAは、実現の可能性を探り続け、その結果徐々にシンプルな構想になっていった。まず、エウロパの周回軌道には入らず、エウロパに何回か接近できる木星周回軌道に入るようにすることで、必要な燃料と放射線防護に必要なシステムを減らした。また、発電も原子炉や放射性同位体熱電気転換器(RTG)から太陽電池になった。さらに、当初はエウロパに着陸する着陸機も一緒に送り込む計画だったが、搭載しないことになった。
ときには政治家も巻き込んで、政権とのコストをめぐる駆け引きを繰り広げた結果、2015年5月にミッションが正式に決定した。それが「エウロパ・クリッパー(Europa Clipper)」である。