17日に第4局を迎える第49期棋王戦コナミグループ杯五番勝負(共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟主催)において、さる2月4日に行われた第1局は、持将棋(双方の玉が敵陣に入玉し、詰む見込みがなくなった状態)により引き分けという衝撃の結末となりました。

藤井棋王も持将棋を強く意識していた

かつて藤井聡太棋王は当媒体の記事で、先後のどちらが優位なのかという質問に対し、「プロの公式戦では24点法を採用しているので、結論としては『引き分け』になる可能性が高いと思います」(※)との発言をしています。将棋の真理を突き詰めていくにあたって、藤井棋王が持将棋を強く意識していることがうかがえる発言です。

※持将棋の場合、互いの持ち駒を点数に換算して勝敗を決める。アマチュアのトーナメントで採用されている27点法と比較すると、24点法は引き分けになりやすい。

無双状態だった藤井棋王の先手角換わり戦法と、伊藤七段が想像を絶する研究のすえに導き出したであろう持将棋戦法。究極的に精度を高めた矛と盾がぶつかり合って同時に弾けとんだような印象を受けるこの一局。棋界では伊藤匠七段の戦法に対し「升田幸三賞(※)もの」との評も聞かれますが、はたしてどこまでが伊藤七段の狙いであったのでしょうか。

※画期的な新戦術、新戦法に対して贈られる賞。その後の新定跡となっていく場合が多い。

本稿では2024年3月1日に発売された、『将棋世界2024年4月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版))掲載の「衝撃戦術!? 伊藤匠七段が語った“持将棋”の真相」の伊藤七段のインタビュー部分より、衝撃の結末の真相に迫ったコメントから一部抜粋してお送りします。

  • 『将棋世界2024年4月号』より

    『将棋世界2024年4月号』より

早い段階から持将棋を狙っていたのか?

――藤井棋王に伺ったところでは『▲5六歩までは以前に考えたことのある展開で、先手持ちではあったのですが、持将棋の可能性もあるとは思っていました。実際に指してみると、先手が後手玉を寄せにいくには攻め駒が少なそうで、どう主張を作ればよいかわからなくなってしまいました』とのことでした。対局開始から1時間もたたないうちにここまで進んだことからも想像していたとはいえ、率直なこの回答は改めて衝撃的でした。伊藤七段はどこまでが想定範囲だったのでしょう。

「私は△3八角と打って入玉模様になるまでが事前に想定していた手順でした」

――ではここら辺でズバリお聞きします。これまでは相入玉と言えば、終盤の激闘の末にたどり着く偶然の産物、という認識が一般的でした。が、この将棋はどうなんでしょう。早い段階から明確に持将棋という大目標を見据えた新戦略であると考えていいのかどうか。後手番が序中盤から千日手を意識する戦い方が有効であるのは論を待ちませんが、作戦として持将棋を目指す構想だとすれば新鮮です。

「正確に言うと△9一飛に▲9三香と打たれて飛車角交換になったところから、先手玉がちょっと寄るという感じではなくなったので、後手は持将棋を目指す方針がハッキリしました。でもそこに至るまでは実戦のように進む確信はありませんでした。遡って▲9七同玉~▲7四角という本譜の順を先手が選べば、持将棋になる確率は高いかとは思っていましたけど、その前には分岐がいろいろあって、何が何でも持将棋にするぞ、という気持ちでは全然なかったです(笑)。どちらかと言えば別な変化を本命視していました。こちらは後手番なので相入玉の無勝負になれば成功と言えますが、相手があることですから一人で実現できることではないですよね。本局における後手の作戦は持将棋含みではありますが無論、先手が何を指してきてもそうなるということではありません。結論として第5図は持将棋が最善と断言できるのかということ自体いまだわからないんですが、先手が勝つのは大変なのかなという気はします」