――普段の小林さんは暮らしの中で音楽とどう関わっているのでしょう。
ずっと流している感じではないです。意外と無音で過ごしたりするのが好きみたいな。朝起きてちょっと体操するときにラジオかけると同じ番組がやってて、「あ、またやってるな」って感じで聴いたりとか。あと、車で移動するときとかそれぐらいですね。(音楽を聴き)ながら(何かをする)、はないです。浴びてる分量は少ないかもしれません。
でも時々、素敵な曲に会ったりすると調べたりすることもありますし、自分のなかでひっかかる人や曲があるとちょっと掘って聴いてみたりします。
――たとえば?
最近では、あいみょんさん。すごい人気だけど、どんな曲歌ってるのかな? と思って聴いてみたことがありますね。
――今回のコンサートのテーマである「昭和歌謡」について、その昔、小林さんが出版された『案じるより団子汁』(1996年)という本のなかにヒントがあると思ったのですが、いかがでしょう。
そうです。その世界です。昔やっていたラジオ番組(『小林聡美の東京100発ガール!』)で自分の好きな曲をかけるコーナーがあって。恥ずかしいですね~。誰も聴いてないと思って言いたいことばっかり言ってた番組です。
――改めて「昭和歌謡」の良さについて小林さんはどう思ってますか?
私はもう普通に暮らす世界に普通にあったもので、当たり前のように聴いてましたから。昔はみんな同じ曲をお茶の間で聴いていたし、ラジオとか街とかにもたくさん流れていたりして。なんだろう……楽しみ方がもっと単純でしたよね、複雑じゃないというか。流行ってる期間も長かったと思うし、この曲が流行ってたときはこういうことしてたな、とか思い出もあったりして。
――確かに昭和の曲は記憶や情景が思い浮かびやすいかもしれません。
そうですね。景色とか。でも今回の選曲は私が子どものときには聴いてなかった曲もあるので、そのときに培われたテンポとかリズムが好きなのか……昭和歌謡って、民謡とかそういう原始的なものにも通じるような気がして。ちょっとアメリカとか外国の真似してるんだけど民謡のクセが抜けない、みたいな(笑)。そういう和洋折衷で頑張ってる感じがすごく面白いんですよね。
建物とかでもミッドセンチュリーとか、ちょっと日本の建物に似てる部分もあったりして、懐かしさを感じたりするじゃないですか。そういうのにも似てる気がして。
――今よりもっと自然体というか、おおらかな感じはしますね。
きっと当時、曲を作られた方は今までにない新しいものを作ろうと挑戦している部分もあったのかもしれないですけど、今聴くとそれも愛おしい、みたいな(笑)。
――ところで、幸いにも何度か小林さんにお話をお聞きする機会に恵まれてますが、いつも変わらない印象を受けます。歳を重ねても淡々としているというか……
歳を重ねても淡々とって(笑)。「変わる」って、どういう感じなんですかね……
――小林さんを見ていると、常にフラットな心持ちを感じます。
あんまり考えてないからじゃないですか。「変わる」「変わらない」も考えてないですし、そういうこと気にしてないからですかね。老眼だから最近自分の顔もあんまり見えなくなってきて、時々よく見えると「うわっ」とするんですけど(笑)、見えなくて気がつかないくらいが気楽でいいのかなって。あんまり自分を観察しすぎないというか。
――あまり自分と向き合いすぎないことも必要だと。
と思います。多分。自分と向き合って深く考えることも必要だとは思うんですけど、そういうタイプじゃなかったってことですね、私が。なんかもう、なるようにしかならないし、絶望するほど深刻なことはそうそう起きないし、生きていることがすごいことで、大抵のことは大したことないと思うことにしています。
自分が気にするほどそんなに人は自分を気にしていないんですから。
――SNSの「いいね」なんてまさにその象徴ですよね。
確かに気にはなりますけど、「いいね」とかやる人も気を遣ってやってくれてるかもしれないと思うと(笑)、別にそんなに気にしなくていいか、なんて思っちゃったり。
――とはいえ、自分の評価を気にしたり、ついつい「答え」を求めたりしてしまいます。
仕事で「結果」を出さないといけない、というのは分かりますけど、私がやってきた仕事って正解がない仕事ですし、見る人によって「良かった」「悪かった」というのも分かれるし、そういうことを気にしているのは精神衛生上よくないですし。真面目な人ほど、ある程度、無責任でいないと。そう考えると植木(等)さんの『無責任男』シリーズ、本当に名作ですよね……私のさっきの本って何年前のものでしたっけ?
――1996年です。
30年近く前ですよね。だから結局、変わらないんですよ(笑)。