バラエティでえん罪事件を取り上げようとすると、報道局から圧力がかかる――そんなテレビ局の構図を描いたドラマが、佐野氏がプロデュースした『エルピス』だ。

この立ち上げの経緯について、佐野氏は「私も法律や事件の専門家ではない中で、えん罪というのをたまたま知って、それを作家さん(脚本家・渡辺あや氏)にも共有して、“こんなことがあるんだね”って驚きを物語にしていくのに、報道局の人が主人公だと、前提としていろいろ知っているところからスタートしてしまう。視聴者もそうですし、自分たちと距離が遠くなってしまうから、テレビ局の中でもを自分たちと同じような位置の人が知って、それを放送していこうと思ったときに、どんなことが起こるかっていうのを、作家さんと2人でいろいろシミュレーションしていったら、“これは面白いかも”というところからスタートしました。私たちが衝撃を受けたえん罪が、この社会にあるんだっていうことを、どう面白く物語で伝えていくか、ということのいろんなの選択肢の一つだったんです」と説明。

ただ、テレビ局を舞台にすることについて、「ドラマにおいて主人公のいる舞台はキラキラしたものとして描かなきゃいけないという刷り込みもあったんですけど、自分たちで自分たちの働いている場所のことを楽しいものとして描くのはなかなか抵抗もあって、一旦週刊誌に舞台を変えてみようと思ったんです」というが、「全10話のドラマを作るのに、記事を映像で読ませるのは画的に難しいというのがあって、これは映像のほうがいいし、私自身がテレビ局でしか働いてないから、自分が一番知ってるところのことは山ほどネタがあるので、そのほうがそのまま面白くなるんじゃないか」と方針転換。「“テレビ局内部の問題を、このドラマで明らかにするんだ”とか“批判的精神をもって描くんだ”みたいなことは全然考えていなくて、こっちのほうが面白いと思って始めたら、いろいろ皆さんが取材に応じてくれていただいたネタが、どうしても自己批判的なほうに向かっていかざるを得なかったんです」と、結果としてドラマの大きな要素となって描かれることになった。

  • 池上彰氏

それを受け、池上氏は「放送局の幹部が、これを採用したというのが驚きなんですけど」と言うと、佐野氏も「私も驚きました(笑)。(なぜ採用されたのか)結局、私もそれが分からぬまま放送を終えて、今に至るんです」と言いながら、「政治というのを描くことの判断においては、在京キー局と違って政治部がないのは1つあったのではないかというのと、そもそもテレビ局内部の話をやるということに対しては、特に何か言われたこともなくて、“ええんちゃう?”っていう感じだったんですよ。上司は台本を読んで『これはやるべきだ』と言ってくれたんですけど、どちらかというと実在の事件を参考にしているので、その部分をどう取り扱うかっていうことに関しては、社内でも相当な議論を重ねていろんな修正を加えて放送に至りました。でも、直感的に“こういう作品があってもいいんじゃないか”って思ってくれたのかなと。本当にアットホームでいい会社なんです」と、カンテレの社風も実現につながったという見方を示した。

これを聞いた池上氏は、ねつ造データ問題で打ち切りになり、BPOに放送倫理検証委員会が設置されるきっかけとなったカンテレの番組『発掘!あるある大事典II』の不祥事を思い出し、「カンテレでコンプライアンスの勉強会を頻繁にやるようになって、一度講師として話をしたことがあるんですけど、あのときからカンテレが、“本当に意識を変えないといけない”と会社を挙げて取り組んでいたんですよね。これに感心したんですけど、それが(『エルピス』の実現に)関係あるのかないのか分からないんですけど」と言うと、佐野氏は「もしかしたら、きちんと自己を批判して、検証していかなければならないという空気があったのかもしれないです。私はその頃TBSにいたので外から見てる側ではあるんですけど、そのとき以来築かれた社風みたいなものがあるかもしれないです」と、可能性を示唆。

同じ準キー局という立場の西田氏は「在阪の局が全国で表現できる枠をいくつか持ってる中で、昔は“中央には負けないぞ”とより反骨的なものがあったんですけど、ちょっとここ最近は少なくなってきてるかなという中での今回のカンテレさんの『エルピス』で、ある種“関西”っていう地場の持ってる強さというのを、在阪のテレビ局も認識していくことになるのかなと思いますね」と、波及効果に期待した。

■ドラマ枠の増加に現場が感じること

トークテーマは、時代に伴っての変化にも及ぶ。ドラマについて、佐野氏は「『エルピス』はいろいろ賞を頂いたりしたんですけど、実は視聴率というところでは昔で言うと“爆死”とか言われるくらいだったんです。会社の営業チームには迷惑をかけたなと思うんですけど、一方で、海外にリメイク権が売れたり、いろんな配信事業者にもかなり売れて、(再生回数が)かなり回ったので、今までのような指標(=視聴率)では測れないことに、少なくともドラマはなってると思います」と実感を語る。

その中で、「難しいなと思うのは、ドラマのほうが配信事業者や海外に売れるという二次展開がある分、各局でドラマの枠を増やしていこうとなっているんです。ちょっとドラマの枠が飽和状態で、自分がいち視聴者としても毎週毎週大量に始まるので何を見ていいか分からないということがあったり、スタッフも役者さんも奪い合いですし。あと、ドラマは作るのにどうしてもお金がかかるので、(テレビ局全体の)制作費がどんどん下がってる中でドラマにお金が行って、その分バラエティや情報番組とかの予算が減っていくと、自分たちの制作費はキープしたいけど他の人たちに迷惑もかけたくないな…ということがすごく難しくて。個人的な願いとしては、もっと枠を絞ってそこに集中投下して、いい作品を作って海外市場に売っていくっていうことを一斉に始めたらいいのになと思ってはいるんですけど、とは言えそれぞれの局が生き残っていかなければいけない中で、ドラマ枠が増えていくのは致し方ないところでもあるし、難しいなと思って日々悩んでいるところです」と、現状をとらえた。

また、海外市場に足を運ぶ中で、佐野氏は「日本の現在地のジェンダーバランスだと、海外では“これは一体いつの時代の話ですか?”ということになってしまうので、そこは気をつけています。MIPCOMというカンヌで開かれるテレビの見本市に『エルピス』で行かせていただいて、海外メディアの取材をいくつか受けたんですけど、まず『アナウンサーという仕事は何なんだ?』と聞かれるんです。その職業の説明をしなければいけなくて、特にヨーロッパだったので全然意識が違って、すごく勉強になりました」とのこと。

小町谷氏はオランダに2年半滞在した際、日本のテレビの研究者から「日本のテレビは最新のことをやっていてすごいんだ」と絶賛していたことを紹介するが、一方で、「『朝の連続ドラマで急に子どもが生まれるのはおかしい』って言うんです。『なぜ愛情を育んで子どもが生まれるというのを描かないのか』って言われて、私は『朝だからそれはちょっと放送できないでしょ?』って答えたんですけど、断固として『それは違う。そういう性というものは、避けちゃいけないんだ』と言われました」と、文化の違いを痛感したそうだ。

それに関連して、佐野氏は『エルピス』で、性的描写のシーンで役者と制作陣の間に入って調整を行う「インティマシー・コーディネーター」に参加してもらったことを紹介し、「その方とのセッションや、撮り方のいろいろな工夫があったり、役者さんの負担を減らすようなコーディネートというのが、もう目からウロコみたいな感じで勉強になりました。一番大事なのは、制作スタッフが一切入らない状態で、撮影する前に役者さんに、背中を触られるのは嫌だとか、見せたくないとか、そういうNGとOKを細かく聞いてくださって、そこから私たち制作陣も話をして、どういうふうに撮影すればそれが守られるかという演出プランをすごい細かく考えてくださるんです」と、その役割を説明。

「今まではその現場のスタッフの慣習と経験値みたいなことで、なんとなくやってしまっていたんです。『これからベッドシーンだから、男性スタッフできるだけ部屋から出てください』みたいなことで、女性なら見ていいのかとか、いろんなことがなあなあに行われていたんですが、細かくいろいろなルールを作ってくださって、それに従えば良いので、演出チームも気持ちが楽になるんです」と効果を発揮した。

そのため、「今後もベッドシーンがあるときは必ず入ってもらおうと思いました」と語るが、「その方にお支払いする報酬以外に、撮影にそれなりに時間がかかってくるんですけど、ベッドシーンは予算が少なめの深夜ドラマに多くなってくるんです。そういう枠にこそ本当は入れたいけれども予算が少ないという問題があるので、それはそれでなかなか難しいなとは思いました」とジレンマも感じたそうだ。

こうした役割がもしバラエティにもいたらという仮定に、久我氏が「バランスを取ってくれる人がいるのは大事ですが、やりたかったことが制限されるんじゃないかという怖さもあるので、絶妙なところは自分たちの判断でできたほうがいいのかなと思ったりもするんですけど…」と考えを述べると、佐野氏は「『エルピス』の場合は、“どこまでOKか”ということよりも“ここまでやっていいんだ”ということのほうが多かったので、むしろ表現の幅が広がったので良かったなと思いました」と、プラスに働いたことを明かした。