毎週のサブタイトルは、その週に登場する花の名前がつけられている。例えば第1週の「バイカオウレン」は万太郎の母・ヒサ(広末涼子)が好きだった花で、第2週の「キンセイラン」は名教館の池田蘭光先生(寺脇康文)との思い出の花だった。サブタイトルの花について「全部がそうではないのですが、大まかには牧野富太郎に関連した植物を、そのまま登場させています」と言う田中氏が、その裏話も聞かせてくれた。
「週の植物は、長田さんがまず選び、基本はそれらで構成されています。私たちは、どうにかしてそれが実現できるようにと考えて動くわけです。シダなんかは、何のシダにするかを検討した結果、『ホウライシダ』にしました。最初に万太郎が新種として発表した『ヤマトグサ』は、史実に基づいているし、高知で池田蘭光先生が教える『イヌトウキ』も実際に仁淀川付近に咲いているものです。あのシーンについては、万太郎が実際にかじってみて、『トウキ』との違いを教えられる植物にしたいという要望があったので、かじったら違うとわかる植物を選びました」
同回では、蘭光先生いわく、イヌトウキとトウキは「似て非なるもの」ということで「さしずめ『イヌトウキ』といったところか」と万太郎に解説するシーンが描かれた。
「トウキは、漢方でも使われていた薬用植物で、江戸時代の草木図説に載っていたはずだと。草木図説は万太郎が土佐で見ていただろうし、イヌトウキはトウキと形が似ているけど、イヌトウキの方が香りが弱い。ただし、当時はまだ名前がついていなかったので、蘭光先生が即興で『イヌトウキ』と考えたような台詞にしたわけです」と言うが、実はこのイヌトウキこそ、牧野富太郎がその後発表した新種の1つでもあると言う。
「自分が将来発表するであろう植物を、幼い頃に蘭光先生から習っていたという伏線になっています。またその前に『キンセイラン』を見つけますが、こちらもすでに草木図説には載っていたけど、当時はまだ学名がありませんでした。それもやはり牧野富太郎がのちに学名をつけるので、そこも万太郎がもともとその植物を知っていたというところにつながります。一応は、そういうことも考えて選んでいます」
また、万太郎と徳永助教授(田中哲司)の距離が縮まるシーンや、寿恵子と万太郎が抱擁する名シーンなどで登場する印象深い「ユウガオ」だが、「あのユウガオも季節が全然違いました」と撮影秘話を語った。
「ユウガオとヒルガオが同時に出てくるシーンでは、基本的に両方とも陽の方を向いて咲くわけですから、そこはレプリカで再現して植えつけました。撮影では1個1個の花の向きを画面で見ながら変えていくという指示を出し、全部調整してから最後に撮影したんです。しかも、当時ヒルガオと呼んでいた植物は、実はいまの『コヒルガオ』という植物なので、実際に登場したのはコヒルガオでした」
他にも「おそらく『ヤマザクラ』も季節が違ったし、『ムジナモ』は生育しているような場所を探さなくちゃいけなかった。最初の頃はもっと準備時間にゆとりがありましたが、後半になってくるとスケジュールが詰まってくるので、そこも大変でした」と苦労を明かした。
そんな『らんまん』は、田中氏たち植物学のエキスパートの間でも話題を呼んでいるそうで「私の周りでは、植物分類学の黎明期の話が、毎朝ドラマとして観られることで、毎日感動して観ているという人がけっこういます」と語る。
また、牧野先生が残した功績について改めて「日本の植物に対して、日本人で一番学名を多くつけた人で、たくさんの標本を後世に残し、その標本がさらに研究されました。また、すごい私財を投げ打って、たくさんの文献を買いましたが、それもまた貴重な資料です。そしてなによりも、植物知識の普及活動に尽力された方だと思います。牧野先生は植物採集を趣味化させ、植物同好会というものを作って、全国にどんどん広げていきました。アカデミックな功績を残した植物学者はたくさんいるけど、そういう活動は当時、誰もやっていなかったです」とリスペクト。
さらに「牧野先生は植物のウォーキングディクショナリーですから、講師として各地を渡り歩き、そこで弟子を作っていったわけです。同好会の中心メンバーはそれぞれの地域の理科の教員でしたが、そこから生徒に教え、その輪がもっと広がっていきました。日本でこれだけいろんな地方の図鑑が揃っていて、植物研究のレベルが高いのは、牧野先生が種を撒いたからかと。また、土佐からひょっこり現れた彼は、職業研究者ではなく、愛好家でした。今で言うところの市民科学“シチズンサイエンス”の先駆けだったとも思っています」と語った。
最後に田中氏は、「今、名前がない植物はほぼない状態で、スーパーの野菜売り場に行っても、当たり前のように名前のついた野菜が並び、近所に咲く花も必ず、図鑑のどれかには載っています。でも、それらは牧野富太郎をはじめとする、明治以降の植物分類学者たちの研究の積み重ねであり、私たちは今、その恩恵を受けていることがドラマを見るとわかります。ドラマでは植物に関しても、いろいろとこだわっているので、そこも画面を見ていただくと、また違った楽しみ方ができるのではないか」と視聴者にメッセージを送った。
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