高知県出身の植物学者・牧野富太郎さんをモデルにした連続テレビ小説『らんまん』(NHK総合 毎週月~土曜8:00~※土曜は1週間の振り返りほか)。神木隆之介演じる主人公・槙野万太郎が植物を心から愛でる笑顔や様々な植物たちに朝から癒やされるという声も多いが、それらを縁の下で支えているのが植物監修を務める人たちだ。今回、そのチームを率いる国立科学博物館・植物研究部所属の田中伸幸氏を直撃し、植物監修チーム、田中氏いわく「チームSKT」の監修内容や細部へのこだわりについて話を聞いた。
幕末から明治、大正、昭和と激動の時代に、植物を愛し、その研究に情熱を注いでいく万太郎とその妻・寿恵子(浜辺美波)の波乱万丈な生涯を描く本作。脚本を担当しているのは、NHKのドラマ『群青領域』(21)や『旅屋おかえり』(22)などを手掛けた長田育恵氏だ。最初に、田中先生から『らんまん』における植物監修の仕事内容を聞いた。
「植物監修と聞くと、出来上がったものを見て植物学的に変な点がないかをチェックしアドバイスするというイメージがあると思いますが、『らんまん』の植物監修は、台本の段階から関わっています。脚本家がまず、こういうストーリーを成立させたい、こういう台詞を入れたいという時、どのような植物をどういう風に出すのかを考えます。それはドラマの季節に合った植物で、かつ手に入るもの、また、当時すでに日本にあったもの、あるいは当時、植物の学名や和名があったものとか、いろいろな制約がある中で、それらをクリアした植物を提案しました」
すなわち植物監修として、脚本の初期段階から撮影に至るまで、長期で関わり、常に目を光らせてきたことになる。「到底、私1人ではできないので、今は私の他5人いて、計6人の植物監修チームが関わっています」と説明する。
「万太郎は植物学者になっていくわけですから、台詞そのものだけではなく、植物に関することすべてに関係していくわけです。例えば、万太郎が博物館に行って、日本における植物学の現状を聞くシーンでは、どういうものを置くべきか、東京大学の教室や田邊教授(要潤)の部屋にはどういう植物があるべきかもこちらで考えます」
田中氏によると「明治時代なので、今とは専門用語や植物の名前も違い、学名があっても和名がないこともあれば、その逆のパターンもあります。私たちも明治時代の研究者ではないから、そういう分野は植物学史の分野となるので、1から調べていくわけです。また、植物の名前を調べることを『同定』と言いますが、明治時代は『検定』と言っていたので、ドラマの台詞もそうなっています」と、細部に至るまでリアリティを追求している。
もちろん植物の開花時期と撮影スケジュールの調整がかなり難しいことは言うまでもない。「どうしても本物を出せない場合はレプリカを制作することになりますが、その場合は西尾製作所というレプリカの制作会社さんに作ってもらっています」と田中氏が言う通り、クレジットでも「植物レプリカ制作:西尾惣一」とある。ところがそこでも、様々な難題が。
「レプリカが模型と違うのは、本物の型を取って作るところであり、通常は博物館の室内展示に使うものです。つまり、その植物が手に入らないと、レプリカは作れないので、その植物が花を咲かせた時に採集しレプリカを作り、いざ撮影の時にそれを出す。そして撮影日に現場の撮影状況を見て、きちんと再現されているか確認してようやく終わりとなります。そもそもレプリカは置いておくもので、土の中に埋めたり、ひっこ抜いたりする作業は想定されていないので、おそらく西尾さんもそこは苦労されたかと。また、風にもたなびかないので、撮影では実際に生きている他の植物をそばに置くとか、いろいろな工夫もされています」
ちなみに田中氏は、約15年間、高知県立牧野植物園にも勤務していて、牧野富太郎さんともゆかりの深い植物学者だが、改めて神木演じる万太郎の印象について聞いてみた。
「私は、若い時の牧野富太郎を見たわけではないのですが、神木さん演じる万太郎は、本当に爽やかで純粋だし、植物バカということを貫くので、そこが2人に共通している点ではないかと。おそらく牧野富太郎はずっと道楽に生きた人で、確実に“天真爛漫”な性格だったから、『らんまん』というタイトルはすごくよくできていると思います。思ったことをなんでも言うところは、いい意味でも悪い意味でも鈍感さがあって、自分がこうだと思ったら突き進んでいきますから」
実際に、神木の演技についても「本当に万太郎は植物が好きというか、好きさ加減がよく表れていると思います」と太鼓判を押す。
「牧野富太郎もとにかく植物に夢中だったようで、万太郎が植物に夢中になりすぎて、話しかけても聞こえない様子が描かれていますが、おそらく牧野富太郎もああだったと思います。(牧野富太郎のひ孫)牧野一浡(かずおき)さんも、食事の時以外は、ほとんど書斎から出てくることはなかったと言われていましたが、そのぐらい植物に没頭した人だったと思います」
本作は、牧野富太郎さんの人生をモデルにしたフィクションだが「ちゃんとした史実を基にアレンジされていますが、そこは非常にしっかりしているなと思います。例えば時代を少しずらしたり、早めたりするわけです。私は植物学者なので、たとえ台本を読んでもそんなにビジュアライズできるわけではないので、そこに演出が加わり、現場に行って初めてそのシーンを見るわけですが、いつも感心させられます」と心から称える。