米国の航空宇宙企業「ストラトローンチ」は2023年5月13日、飛行中の巨大飛行機「ロック」から、極超音速機「タロンA」を分離する試験に成功したと発表した。

同社はかつて、ロックからロケットやスペースプレーンなどを発射する計画を進めていたが、その後凍結され、現在は極超音速で飛翔するミサイルや滑空体の研究や試験などに使うための極超音速機の開発を行っている。

今回の分離試験の成功により、早ければ今夏にも、タロンAの初の極超音速飛行を行うとしている。

  • ロックから分離された、極超音速機「タロンA」の試験機

    ロックから分離された、極超音速機「タロンA」の試験機 (C) Stratolaunch / Christian Turner

ストラトローンチと巨大飛行機「ロック」

ストラトローンチ(Stratolaunch)は2011年に、マイクロソフトの共同創業者のひとりポール・アレン氏や、著名な航空機設計者のバート・ルータン氏などが創設した米国の宇宙企業で、巨大飛行機「ロック(Roc)」(当初は社名と同じストラトローンチ)を開発している。

ロックは「双胴機」と呼ばれる、2つの胴体をもつ、少し変わった姿かたちをしている。なにより、主翼の長さが117mもあり、同じく巨大な飛行機として知られるウクライナのAn-225「ムリーヤ」の主翼の88.4m、1947年に米国のハワード・ヒューズが開発したH-4「ハーキュリーズ」の97.5mという数字を大きく超える。

胴体の全長こそ73mと、ムリーヤの84mよりは短いものの、ロックは「世界最大級の飛行機」、もしくは「世界最大の飛行機のひとつ」と並び称されている。

離陸時の質量は約650tにもなり、これほど巨大で重い機体を飛ばすため、ボーイング747や777などに使われている、プラット&ホイットニー製のPW4056エンジンを6基も装備している。

同社は当初、このロックからロケットを空中発射して衛星を軌道に投入することで、衛星打ち上げ市場への参入を目指していた。空中発射ロケットは、固定の発射台が不要だったり、打ち上げの方向を比較的自由に選べたりなど、地上から発射するロケットと比べていくつかの利点があり、打ち上げの低コスト化のほか、柔軟性、即応性も高めることができる可能性があるとされた。

最初はイーロン・マスク氏の宇宙企業スペースXと協力し、大型ロケット「ファルコン9」を発射することを計画していたが頓挫し、その後自社開発の中型ロケットと大型ロケット、そして有翼宇宙往還機(スペースプレーン)を発射する構想を発表したものの、これも頓挫した。やがて、ノースロップ・グラマンが運用している小型ロケット「ペガサス」を複数機同時に発射する計画となった。この当時、すでに小型衛星の需要は高まっていたことから、将来性はあると考えられていた。

一方、ロックは2017年5月にロールアウトし、同年12月には低速のタキシング試験を実施した。2018年に入ってからは、徐々にスピードを上げて滑走する試験が続いた。

2018年10月には創業者のポール・アレン氏が亡くなるという悲劇に見舞われたが、2019年4月13日、ついに初飛行に成功した。

しかし、ここまでの開発の遅れや、なにより同社とロックにとって最大の後ろ盾だったアレン氏が亡くなったことで、この翌月には事業を停止し、同年10月には投資ファンドであるサーベラス・キャピタル・マネジメントへと売却されることとなった。

  • 地上で試験中のロック

    地上で試験中のロック (C) Stratolaunch

極超音速機タロンA

こうした大変革の結果、ロックはその目的が大きく変わることとなった。宇宙ロケットを発射する母機ではなく、マッハ5以上で大気圏内を飛行する「極超音速機」の発射母機となったのである。そして、メインターゲットとなる顧客も、宇宙業界から、国防総省へと変わることになった。

とくに近年、極超音速で大気圏内を比較的自由に飛行しながら目標へ向かう「極超音速巡航ミサイル」や、弾道ミサイルの弾頭部分が滑空してコースを変えながら目標へ向かう「極超音速滑空体」といった兵器が盛んに研究されており、ミサイル防衛システムを突破でき、その結果大国間の核の均衡を崩すことになる、「ゲームチェンジャー」になりうると注目されている。

こうしたなか、極超音速で飛行する技術はまだ十分ではない。とくに極超音速巡航ミサイルの実現にあたっては、スクラムジェットエンジンという極超音速域で稼働できるエンジンの開発がひとつの鍵となるが、長年の研究にも関わらず、実用化された例はほとんどない。

なにより、米国などにとっては、自分たちが極超音速兵器を開発する必要があるのと同時に、相手の極超音速兵器を迎撃するための技術開発も必要となる。

ストラトローンチは、こうした新しい兵器の研究、開発への参画に活路を見出したのである。

ストラトローンチでは現在、「タロンA」という極超音速機を開発している。機体はスペースシャトルのオービターを小さくしたような形状で、全長は8.5m 、翼スパン3.4mで、発射時の質量は約2700kgとされる。機体後部には、米ベンチャーのアーサ・メジャー・テクノロジーズ(Ursa Major Technologies)が開発する小型のロケットエンジン「ハドリィ(Hadley)」を搭載する。

タロンAはマッハ5から7の間で飛行することができ、さまざまな高度や飛行プロファイルにも対応できるという。ペイロード・ベイには、顧客の要望に応じて、さまざまな機器や計装を装備できる。また、自律飛行が可能で、機体の再使用もできるとしている。

ストラトローンチはこれまでに、ロック単体での飛行試験と、ロックにタロンAの試験機を結合させたままでの飛行試験を繰り返し行ってきた。

  • タロンA

    タロンA (C) Stratolaunch

そして5月13日、初めてロックからタロンAを分離させる試験を実施した。今回の試験の目的は、タロンAをロックの中央翼パイロンから安全に分離できることを実証することにあった。また試験では、タロンAとカリフォルニア州にあるバンデンバーグ宇宙軍基地との間で通信し、飛行中のタロンAからデータを正常に受信できるかどうかの確認も行われた。

今回の試験が無事に成功したことで、今年の夏の終わりごろに、タロンAの試験機による初の極超音速飛行を行うとしている。

ストラトローンチのCEO兼社長のZachary Krevor氏は「今日の試験は格別なものでした。私たちのハードウェアとデータ収集システムは予想どおりに機能し、極超音速飛行の実現が間近となりました」とコメントしている。

「これから、極超音速飛行による試験などで、米国宇宙軍と協力できることを楽しみにしています」。

  • ロックから切り離されたタロンA

    ロックから切り離されたタロンA (C) Stratolaunch