• 畑正憲さんとアンデスピューマのレイナ=『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』2000年7月20日放送より (C)フジテレビ

追悼特番が放送されると、「こんなにナレーションが少なくて、テロップがなくても、十分面白いんだということに改めて気づいた」といった反応が寄せられたといい、市川氏は「今のテレビと真逆のことをやっても、ちゃんと面白いということを知ってもらえて良かったなと思いました」と手応えを語る。

番組の中で、ムツゴロウさん本人がコメントを付ける場面も印象的だ。スタッフの間で「ムツコメ」と呼ばれるこの収録は、最低限入れてほしい数項目だけを伝え、時には事前に映像を見ずに行っていたこともあったそうだが、「基本、テイク1でOKです。尺も入ってました」(市川氏)と、スゴ技で声を吹き込んでいた。

撮影や編集では、1つのシーンをじっくり見せることを意識。高橋氏は「カメラマンも編集マンもすごいキャリアの人で、僕はドラマ出身なんですが、広い画から早いズームをしていくと、ピントがずれることがあって、ピントを合わせようとするところを切って、ポンと寄ったカットにすると、編集マンに『高橋さん、そうじゃないんだ。この番組は中継しているように見せるのがいいんだよ。そこで切っちゃうとウソに見えちゃうんだよ』と言われたんです。だから、編集が目立たないようにして、全編ワンカットに見える感じにしようというのを、みんなで共有していました」と、こだわりを語る。

また、シリーズ番組であるため、撮影した映像素材をすぐに全部は使わず、別の放送回で意図的に使って番組を構成をすることも。市川氏が「これは高橋さんの演出方針なのですが、暑い夏に放送するときは、撮りだめていた冬のネタで真っ白な風景から始まるシーンを、真夏のネタの次に入れるというのをやってましたよね」と確認すると、高橋氏は「画変わりは、時間経過の表現であり、目の刺激は体感的効果もあるんです。アフリカのカラハリ砂漠に住むブッシュマン・ニカウさんの放送回ですが、砂漠の映像が続くので、ここは水のシーンを入れた方がベターだと思って、ケープタウンでペンギンを保護するシーンを入れました」と意図を明かした。「それが30.6%の最高視聴率ですからね(笑)」(高橋氏)と言うように、その効果は数字が実証している。

  • 高橋和男氏(左)と畑正憲さん(右から2人目)=フィンランドロケにて(高橋氏提供)

そして、オリジナルの音楽を放送のたびに制作するという異例の試みもしていた。「ドキュメンタリーは大体有り物の曲を使うんですけど、『―ゆかいな仲間たち』は毎回テーマが違うし、出てくる動物も違う。クマに付けるのとネコに付けるので同じ曲を使う訳にはいかないから、そこは贅沢しようと決めました」(高橋氏)といい、アコースティック・ギタリストの第一人者でアレンジャーの石川鷹彦氏や、シンセサイザーの「姫神」星吉昭氏に作曲を依頼した。

ムツゴロウさんが動物と戯れることによって、この番組独自の大きな要素になったのが“音”だ。「例えば、アフリカでライオンと立って取っ組み合いをしたとき、ムツさんに付けたピンマイクがかなり音を拾ってるんです。ライオンの顔がすぐそこまで来てるから、ガウガウ言ってる声がものすごく聴こえて迫力が伝わってくる。これは、音声スタッフのガンマイクでは聴くことができないですね」(神野氏)

今回の追悼特番が放送されると、ムツゴロウさんと動物たちの姿に、SNSで「我が家の動物がTV画面にくぎ付け!」といった投稿が相次いでいたが、その背景として、「音の要素も大きいのかなと思います」(市川氏)と推察した。

  • 追悼特番『ありがとう!ムツゴロウさん』のテレビ画面に見入る動物たち=Twitterより(フジテレビ提供)

■40年前からSDGsを実践していた

4月6日に訃報が流れ、2日後の8日の放送に向けて急きょ追悼特番を制作することになった3人。ライオンやアナコンダとの命がけの交流、密猟から救出したチンパンジー、ゾウとの対話など、ムツゴロウさんの魅力が存分に詰まった番組になったが、神野氏は「キツネやアザラシ、シベリアンハスキーにブタにアヒルなど、2時間じゃ到底入りきらないほどまだまだ紹介したい動物たちがいっぱいいます」と惜しむ。

特に、動物王国のスタッフと動物との長年にわたる交流の場面は「本当に大河ドラマなんです」(高橋氏)という大きな魅力の1つだが、ムツゴロウさんが映ってないことや、映像をダイジェストで出してもそのドラマが伝わりにくいことから、今回の放送に収めることは断念した。

動物たちの生態を記録した映像資産という価値がある上、出演者が少数で権利処理が比較的複雑ではないこともあり、「これをきっかけに、過去の作品を全部配信で出せればいいなと思いますよね」(神野氏)と期待も。

さらに、「最近はSDGsという言葉が叫ばれますが、自然保護や命の平等さ・大切さをずっと伝えてきてたこの番組は、それをずっとやってきていたんです。それがムツさんのメッセージでもあるので、非常に意味のあることをやってきたんだなというのを、今回の番組を作って改めて思いました」(市川氏)と、今の社会に求められるコンテンツであることを裏付けている。

  • (左から)高橋和男氏、神野陽子氏、市川雅康氏