4月5日に亡くなった“ムツゴロウ”こと作家の畑正憲さん。その名を一躍とどろかせたのは、フジテレビ系で20年以上にわたって放送されたドキュメンタリー特番『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』(1980~2001年)だ。
猛獣に対しても体当たりで戯れてコミュニケーションすることで、多くの人たちに動物への興味や命の平等さを説き、最高世帯視聴率30%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を超える人気シリーズに。この名場面を厳選し、4月8日に放送された追悼特番『ありがとう!ムツゴロウさん』(※TVer・FODで期間限定見逃し配信中)にも大きな反響が集まった。
そこで、番組の立ち上げから担当した元フジテレビプロデューサーの高橋和男氏(※「高」ははしご高)、84年から担当したディレクターの市川雅康氏、93年から担当し現在はフジテレビ国際局局次長職兼国際部長の神野陽子氏による座談会を実施。後編では、動物以外の面で見せる“畑正憲”の驚異的な能力や、番組制作の裏側を語ってもらった――。
■移動中も常に知識を吸収「絶対に寝ない」
動物との撮影以外での印象的なエピソードを聞くと、ムツゴロウさんの飽くなき探究心が見えてきた。
「海外ロケだと移動の車の時間が長いんですけど、私は必ずムツさんの横に座るんですね。そうすると何か話さなきゃと思って、頭の中で一生懸命話題を考えるんだけど、ムツさんはずっと外の景色を見て、いろんな情報を吸収してるんです。後で話を聞くと、『あそこにあった木が、葉っぱが下になくて上にもっこりなってるのは、ヤギがいっぱいいるんだね』とか、ただ外を見てるだけでもいろんなことを理解してるんだと思って、それが分かってから自分の振った話題も知的レベルのあるものにしなきゃと、緊張したりして(笑)。一方で、どうでもいい他愛もない話もすごくされる方なので、懐が深いなと思いました」(神野氏)
ロケでどんなに疲れても、「ムツさんだけは移動中も絶対に寝ないんです」(市川氏)と、常にアンテナを張っていた。「読書もめちゃくちゃするし、読むのも速い。アメリカに行くと、新しい探偵小説を買って必ず帰りの飛行機で読んでるし、英語はあんまりしゃべってるイメージはないんだけど、読むのは本当に速いんです」(高橋氏)といい、もちろん動物に関する英語の専門書も、一気に読んでいたそうだ。
語学で言うと、「ムツさんはブラジルがお好きなんで何度も行ってるんですけど、確か、50代でポルトガル語を始めてマスターされました。その歳からマスターするのはすごいですよね」(市川氏)と、動物以外のジャンルでも、年齢を重ねてバイタリティが衰えることはなかった。
■消しゴムも使わず原稿用紙200枚を一気に書き切る
動物以外のもう1つの顔といえば、麻雀だ。『11PM』(日本テレビ)で、小島武夫氏、阿佐田哲也氏(小説家)といった伝説のプロ雀士たちとともに、「歯茎ぐま」の愛称でその強さが伝えられ、当時の視聴者が世界各国に赴任すると、「ロケに行ってJALの支店長の人とかが、『ムツゴロウさんとぜひ麻雀をやらせてください』と言ってくるんです」(高橋氏)という人気ぶりだった。
それに応えて対戦すると、「ムツさんは負けないですね。頭が良くて、読む力があって、記憶力もすごいから、本当に強かった」(高橋氏)といい、「僕も動物王国でやるときは、いつもムツさんと、純子夫人と、王国のスタッフとやるんだけど、ムツさんには敵わないから、他の2人と戦う感じでした(笑)」(同)と、勝負を避けていたほどだった。
作家としての顔も持つムツゴロウさん。その執筆スタイルも、やはり独特だったという。
「『ムツゴロウのゆかいな人生』という“作家・畑正憲”氏のドキュメンタリーを作らせてもらったことがあるのですが、『原稿書くシーンを撮らせてください』ってお願いしたら、動物とのロケと同じで『書いてる風は嫌だから、書くときに撮ってください』ということでお邪魔したんです。角川書店の『野性時代』で連載を抱えてるときで、1回に原稿用紙200枚書かなきゃいけないんですけど、それを一晩で書き上げるんですよ。でも、書き始めるまでの助走期間が長くて、書斎にこもってたと思ったら、鉛筆削りだしたり、居間で麻雀しているのを見に来たり、急にベッドで寝始めて『どうするんだろう…』と思っていたら1時間してパッと起き上がって、また考え込んで…。そんな様子が続いたら急に書き始めて、消しゴムも一切使わず朝までに200枚書き切ったんです。あれは本当に作家のすさまじさに、撮影だからこそ立ち会わせていただけた、幸せな時間でした」(市川氏)
そのスタイルは、「絵も一気に描き上げるんですよね。“気”が全部溜まったときに、急に筆が動き出すみたいです」(神野氏)といい、まさに福山雅治が演じる『ガリレオ』湯川学のリアル版を見ているかのようだったそうだ。