イベント終了後、プロジェクトマネージャーの橋本侑季氏に話を聞く機会があったので、その内容をいくつか紹介しよう。

プロダクトマネージャーに聞いた開発の苦労やこだわり

まずは、改めて開発の経緯から聞いてみた。ローンチイベントでは、社長が「環境の変化とともに企業も変わる必要があるため新規事業を模索した」と話していたが、なぜ自社の技術をゲーミングデバイスに生かそうと考えたのだろうか。

「もともと、自社の技術を生かす目的でゲーミングデバイスの開発を決めたわけではありません。私がPCゲームを始めようとデバイスを探したことがきっかけです。どんなメーカーのアイテムがあるのか調べてみると、人気があるのは海外製品ばかりで、初期不良の多さや、サービスの不親切さが気になりました」(橋本氏)

自社の技術を活用するための事業をスタートさせたのではなく、きっかけは橋本氏自身の経験にあった。市場の課題を解決をすべく、動き出したのがこのプロジェクトだ。そこから社内の技術者と相談しているうちに、自社の技術をキーボードに応用できるのではないかと気づいた。

だが、当然ながら、ゲーミングデバイスの開発のノウハウを、同社は持っていない。橋本氏が次にしたことは「プロゲーミングチーム」へのヒアリングとパートナー探しだ。

「10以上のチームにお声がけしたと思います。すると、チャタリングなど不具合が起きたり、耐久性に問題があったりと、プロゲーマーが抱えるキーボードへの不満がわかりました。また、自社のみだと、品質、デザイン、性能、すべてにおいて満たされた製品を作ることができないと判断したため、1社1社、訪問したり、電話したりして、開発パートナーを探しました。最初は相手にされないことも多くて、大変でしたね」(橋本氏)

さまざまなチームに声掛けする中で、「より幸福なゲーム体験を提供したい」というブランドの方向性と、ゲーマーとそれを取り巻くカルチャーをより豊かにすることを目指している「ZETA DIVISION」の考えが一致したことで「ZETA DIVISION」との協業が始まる。ほかにも、eスポーツイベントや大会などを手がける企業「ウェルプレイド・ライゼスト」などの強力なパートナーが決まっていった。

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    会場には試作機も展示されていた。まずは、実際プロゲーマーにヒアリングして、ゲーマーがキーボードに求めていることを明らかにしていった

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    2次試作機で磁気検知方式を採用。プロゲーマーとの継続的な検証によって、最適なストローク量などを検証

実際に試作機に触れた「ZETA DIVISION」の選手やストリーマーからは、さまざまな要望が届く。なかでも、橋本氏の印象に残っているのがキースイッチの形状と塗装についてだ。

「選手の要望をかなえつつ、一般ユーザーに使ってもらえるキーキャップの形状と塗装パターンを実現するのが苦労しました。40パターンほど試したんじゃないでしょうか」(橋本氏)

最初、選手の希望として、キートップはフラットなものだった。しかし、実際に触れてみると、置いてある指が滑ってしまう問題が発生。そこで、さまざまな形状や塗装パターンを検証したという。ローンチイベントのトークセッションで佐橋氏が触れていたが、本来のスケジュールを押しているにもかかわらず、納得いくまでキーキャップの試行錯誤を繰り返した。

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    さまざまなパターンを検証し、開発されたスイッチ

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    形状や塗装など、指の滑りや触り心地について選手が満足いくものを模索した

こだわりぬいて完成した『ZENAIM KEYBOARD』。性能やデザインなど、すべてにおいて満足できるものを目指して開発されただけあって、価格は48,180円(税別43,800円)と、決して安くはない。いくつかの機能を削ったエントリーモデルの展開などは考えていないのだろうか。

「ユーザーの声を真摯に受け止めて、開発に生かしたいと考えています。ただ、現状、単純にボディを変えたり、性能を削ったりしてまで低価格のモデルを出すつもりはありません。機能を維持して、最高性能で、誰が使ってもいいものなんだと思ってもらえるよう、もしエントリーやミドルレンジのモデルを出すとしても、そのコンセプトは変えずに、お届けていていきたいですね」(橋本氏)

ローンチイベントでも「ユーザーの声を大切にする」ことを繰り返し発言していた橋本氏。キーボード以外の製品も「自社の技術ありき」ではなく、市場の課題に対する解として、必要に応じて展開していく予定だ。

「2030年までに50億の売り上げを作る目標に向けて、展開していくロードマップを少しずつ描いている段階です。今回は自社に技術がないため、遅延のないキーボードを開発するのに有線接続を選びましたが、仮に今後、マウスなどで無線の技術を使うようになれば、その技術を転用する可能性はあります」(橋本氏)

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    3次試作機で東海理化が車載スイッチで培ったノウハウを織り込む

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    量産試作機が完成しても、キーキャップの調整は続いた

最後に、ユーザーに一番伝えたい『ZENAIM KEYBOARD』のこだわりを改めて聞くと、橋本氏は力強く答えた。

「一番はやはりスイッチ。ブレがなく、押したときと戻るときの荷重が一緒で、物理的にも感覚的にも速い。ぜひ触ってほしいです」(橋本氏)

今後、2023年5月11日にもローンチイベントを行うことが決まっている。だが、それ以外にも、ポップアップを展開するなど、製品をユーザーに触ってもらうための機会を作ることを検討しているという。5万円近くする高価なキーボードである。当然、購入を決断する前に、実際に触って確かめてみたいところだ。