佐野:観客を信頼するという点で、どこまで音楽を敷いて、どこまでテロップを入れて、どこまで説明をするというところの判断基準は、どう決めているのですか?

阿武野:本当は、ナレーションもテロップも全くないほうがいいと思ってます。実際、ナレーションを使わなかった作品もあります。本来ナレーションは、映像のインタビューで撮れていないものなどを説明するものですが、そこから離脱して独立した“呪文”のようにしたいと考えてきました。「温めれば、何度だって、やり直せる――」(『チョコレートな人々』より)、「風が吹けば枯れ葉が落ちる、枯れ葉が落ちれば土が肥える、土が肥えれば果実が実る――」(『人生フルーツ』より)とか、よく分かんないけど、また呪文が出てきちゃった、という感じ。

 もともと、自分よりよっぽど感度のいい人たちが見ていると思っているので、まず「教えてやる」みたいな啓蒙的な気持ちはありません。「とにかく、みんなに見てほしい」ということだけです。例えば、山に登って誰も見られない風景を写真に撮れたら、一刻も早くみんなに見せたいじゃないですか。そういうのがテレビマンだと思うんです。で、映画をやるようになって、見終わった後にお客さんが感想を言ってくれんですが、「そういうことに気づいてくれるんだ」という発見があるんです。テレビマンの一番悪しき習性は「教えてやる」という上から目線ではないかと。それは的外れの卑しい気持ちだと思っていて、僕は視聴者、観客を信用しています。

佐野:それは、先ほどの「“やるべき”こと」じゃなくて「“やりたい”こと」をやるっていう話にもつながりますね。「やるべき」っていう言葉には、私がこのことをきちんと伝えなければいけない、ってどこかちょっと上から目線が入る気がします。

阿武野:「なんでそれやってるの?」って聞かれて、「だって好きなんだもん」って言うのが一番良いような気がしますよね。表現欲っていう喜びですから。

佐野:そうですよね。

■「人間には頭の中に置いておく能力がある」

佐野:いやあ、今日は壮大な答え合わせだなあ。先日島根で打ち合わせをして、言われたことがきちんと理解できない部分があってモヤモヤっとしたまま帰ってきて、今日で1週間になるんですけど、それくらい経つとなんとなくモヤが晴れてきた部分もありながら、まだ自分ではつかめていない部分もあったんですが、こうやってお話をすると、「なるほど」ってなります。

阿武野:すごくよく分かります。その場では分からないことがいっぱいありますよね。

佐野:今日のことは今日のことで、また私の宿題になっていることもいくつかあって、実はちょっとモヤモヤっとしてるんです。それがきっと1週間なのか1カ月後なのか、何かのときに答えが分かって、「阿武野さんが言ってたことはこれだったのか!」ってなるかもしれないですね。

阿武野:スタジオジブリの鈴木(敏夫)さんとお話ししていて、「すぐに分からなくていいよ。人間って頭の中に置いておく能力があるから」って。

佐野:なるほど!

阿武野:ずいぶん前の事柄だったけど、「あれはそういう意味だったのか」と突然気づく経験が鈴木さんにもあって、そこを信じた方がいいよって言ってくれたんです。だから、『エルピス』の最後のカレーのシーンですが、それまでしばらく出てこなくても玉ねぎを切ってるだけで「あっ、カレーだ」って分かるし、8話で松尾スズキさんが出てきて、後ろに「さよなら、戦国時代」って書いてあるだけで、1話の「さよなら、江戸幕府!」と叫んだシーンを思い出して、クスッと笑っちゃうわけなんですよ。

佐野:8話まで置いてきたんですよね(笑)。「何ですぐにあのとき反応できなかったんだろう」って反省してばかりいたんですけど、この反省はもうしないようにします(笑)

●阿武野勝彦
1959年生まれ。静岡県伊東市出身、岐阜県東白川村在住。同志社大学文学部卒業後、81年東海テレビ放送に入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。ディレクター作品に『村と戦争』(95・放送文化基金賞)、『約束~日本一のダムが奪うもの~』(07・地方の時代映像祭グランプリ)など。プロデュース作品に『とうちゃんはエジソン』(03・ギャラクシー大賞)、『裁判長のお弁当』(07・同大賞)、『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。劇場公開作は『平成ジレンマ』(10)、『死刑弁護人』(12)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12)、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(13)、『神宮希林』(14)、『ヤクザと憲法』(15)、『人生フルーツ』(16)、『眠る村』(18)、『さよならテレビ』(19)、『おかえり ただいま』(20)、『チョコレートな人々』(23)でプロデューサー、『青空どろぼう』(10)、『長良川ド根性』(12)で共同監督。鹿児島テレビの『テレビで会えない芸人』(21)では局を越えてプロデュース。個人賞に日本記者クラブ賞(09)、芸術選奨文部科学大臣賞(12)、放送文化基金賞(16)など。「東海テレビドキュメンタリー劇場」として菊池寛賞(18)を受賞。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21・平凡社新書)。

●佐野亜裕美
1982年生まれ、静岡県富士市出身。東京大学卒業後、06年にTBSテレビ入社。『王様のブランチ』を経て09年にドラマ制作に異動し、『渡る世間は鬼ばかり』のADに。『潜入探偵トカゲ』『刑事のまなざし』『ウロボロス~この愛こそ、正義。』『おかしの家』『99.9~刑事専門弁護士~』『カルテット』『この世界の片隅に』などをプロデュース。20年6月にカンテレへ移籍し、『大豆田とわ子と三人の元夫』『エルピス-希望、あるいは災い-』、さらにNHKで『17才の帝国』をプロデュース。23年1月に映像コンテンツのプロデュースや脚本作り、キャスティングなどの支援を行う「CANSOKSHA」を設立。『カルテット』でエランドール賞・プロデューサー賞、『大豆田とわ子と三人の元夫』で大山勝美賞を受賞。