阿武野:出会いってすごく大事ですよね。カメラマン、編集マン、タイムキーパー、ナレーター、作曲家、音楽プロデューサー、それに取材対象者…。人に出会って、きちんと作品を手作りしていくことが、何よりも尊いはずです、佐野さんのお話を聞いていると、やっぱり渡辺あやさんと、6年という時間を経ても『エルピス』を世の中に出せる出会い方をしてるんだなって感じました。よく諦めなかったなと思いますよ。
佐野:ドラマは良くも悪くもですけど、あんまり“固定されたチーム”がないんですよ。連ドラは4カ月の撮影が終わったらみんな散り散りに次の仕事をして、新しい企画が立ち上がったらまたそこから人を集めて出会っていくということなので、何かと引き換えに自分が守らなきゃいけないものというのが、特にないんです。だからできている部分もあります。『エルピス』はなかなか企画が通らなかったんですが、TBSを辞めることを決めてからいろいろな会社の方に台本を読んでいただいたら、カンテレの方が一番最初に「これはやったほうがいいですよ」って言ってくれたんです。その方は当時企画を決める立場にはなかったんですけども、そういうふうに言ってくれる人がいるだけでも、これは希望だなと思ってカンテレに行くことを決めて。そこからその方を含めてすごく情熱を持って一緒にやってくださった方々が何人かいて、企画が無事通ったんです。
他にも『エルピス』をやってくれそうな会社はなくはなかったんですけど、そこの人には「これをやるなら、ここはこうしなきゃダメだ」みたいなことをいくつか言われたんです。せっかく可能性があるのにどうしようと悩んだのですが、渡辺あやさんはきちんと納得しないと絶対に直さないだろうし、渡辺さんを納得させられる自信がないというのもあって引き下げたりして。これはもう勘ですね。
阿武野:勘ですか。
佐野:はい。出会って話を始めて、10分、15分くらい話すと、何か心が通じ合えないなと感じることがあります。ドラマを作るために取材するときも、「この人にこのまま話を聞いても、きっとこれより深くはいけないだろうな…」って判断してしまう。取材はすごく好きなんですけど、脚本を作ったり、キャスティングしたりみたいな他の業務がある中で、どうしても取材に十分な時間が取れなくて、本当は自分の想像しなかったお話がもっと聞けたりするんだろうなと思いつつ、時間の取捨選択をしていかざるを得ないので、そのときの判断基準として勘に頼っているところがあります。だから、阿武野さんが作られる作品に憧れるんですよ。そういう取捨選択の中で作ってないと勝手に思ってるので、そこが本当にカッコいいなと思うんです。
阿武野:今の、絶対書いといてね(笑)
――承知しました(笑)
■ドキュメンタリーの神様が「いい気になるな」と言ってる
佐野:もちろんドラマとドキュメンタリーで戦場は違うにせよ、どうやったらあんなにカッコいいものを作れるんだろうなって。だから、阿武野さんが作った『さよならテレビ』がそんな目に遭っているということに、驚きを隠せないんです。
阿武野:僕はドキュメンタリーの神様がいると思っているんですよ。いつもはすごく苦労しているとスタッフの目の前にひゅっと降りてきて、現場や編集中に事象が変わる何かを起こすんです。そのドキュメンタリーの神様が「いい気になるな」と言ってるんだろうな。僕らも取材が命なので、ディレクターがどういう人間かにかかってるんですけど、その人によく話すことの1つは、「取材拒否をされたら喜びなさい」と。相手に見せたくないお宝があるから隠すんです。自分の経験上、最初に冷たかったり、コワモテでぶつかってくる人は、逆に懐の中に入ったら、「こんな人だったんだ」って感動することがよくあります。
あと、東海テレビは素敵な会社で、僕は「大きい財布」と「小さい財布」って言い方をしてるんですけども、報道局にはニュースの「大きい財布」があって、ドキュメンタリーって「小さい財布」があって、上手にお財布を使うんですよ。そういう形を採るから、たくさんのお金を投入してドキュメンタリーを作っていけます。それを認めているわけですから、その懐の深さというのは、東海テレビならではのものだと思いますね。カンテレさんにもそういうことはあるんじゃないですか?
佐野:そうですね。たぶん、人を信じているところが根本にあると思います。システムのために人がこうしなきゃいけないみたいなことも、もちろんあるんですけども、それに対して疑義を唱えると、1回ちゃんと一緒に戦ってくれるんです。「なんでこういうふうになってるんですか?」って聞くと、「確かにそうだな、ちょっと聞いてみるか」みたいなある種の軽さがあるんですよね。私も正式に入社してまだ1年半ぐらいなので、そんなに会社のことを語れるほど分かってないんですけど、カンテレに入ると思ってなかったときにたまたま見ていたカンテレ制作のドキュメンタリーもいくつかあったりして、やっぱり土地に根付いてそこで起こってることを撮っていくというのは、ローカル局にしかできないことだし、とても大事なことだなと思います。
次回予告…「“やるべき”ことと“やりたい”こと」
●阿武野勝彦
1959年生まれ。静岡県伊東市出身、岐阜県東白川村在住。同志社大学文学部卒業後、81年東海テレビ放送に入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。ディレクター作品に『村と戦争』(95・放送文化基金賞)、『約束~日本一のダムが奪うもの~』(07・地方の時代映像祭グランプリ)など。プロデュース作品に『とうちゃんはエジソン』(03・ギャラクシー大賞)、『裁判長のお弁当』(07・同大賞)、『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08・日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。劇場公開作は『平成ジレンマ』(10)、『死刑弁護人』(12)、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12)、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(13)、『神宮希林』(14)、『ヤクザと憲法』(15)、『人生フルーツ』(16)、『眠る村』(18)、『さよならテレビ』(19)、『おかえり ただいま』(20)、『チョコレートな人々』(23)でプロデューサー、『青空どろぼう』(10)、『長良川ド根性』(12)で共同監督。鹿児島テレビの『テレビで会えない芸人』(21)では局を越えてプロデュース。個人賞に日本記者クラブ賞(09)、芸術選奨文部科学大臣賞(12)、放送文化基金賞(16)など。「東海テレビドキュメンタリー劇場」として菊池寛賞(18)を受賞。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21・平凡社新書)。
●佐野亜裕美
1982年生まれ、静岡県富士市出身。東京大学卒業後、06年にTBSテレビ入社。『王様のブランチ』を経て09年にドラマ制作に異動し、『渡る世間は鬼ばかり』のADに。『潜入探偵トカゲ』『刑事のまなざし』『ウロボロス~この愛こそ、正義。』『おかしの家』『99.9~刑事専門弁護士~』『カルテット』『この世界の片隅に』などをプロデュース。20年6月にカンテレへ移籍し、『大豆田とわ子と三人の元夫』『エルピス-希望、あるいは災い-』、さらにNHKで『17才の帝国』をプロデュース。23年1月に映像コンテンツのプロデュースや脚本作り、キャスティングなどの支援を行う「CANSOKSHA」を設立。『カルテット』でエランドール賞・プロデューサー賞、『大豆田とわ子と三人の元夫』で大山勝美賞を受賞。