――世界最大級の国際映像コンテンツの見本市・イベント「MIPCOMカンヌ」で放送に先駆けて世界初上映した作品としても注目度が高いと思いますが、世界市場を見据えて脚本を作っていったのですか?
渡辺:書いているときは、1ミリも海外に目を向けていませんでした。1人の日本人として、日本の問題をどうすべきかと、それしか考えていませんでしたが、実はミニマムなことって大きな普遍性を持つ。個人的な悩みだと思っていたことが世界中に通じることって、多いと思います。日本で起こっているえん罪なんて、世界では関係のない話かもしれませんが、でもやっぱり、人間の本質って国によってそう変わるものでもないと思うんです。与えられている課題を一生懸命考えたり、悩んだり、何を希望として見いだすかとか、そういったことは世界の人たちにも理解してもらえると思います。
また、自分の国のことだけを考えていればいい時代ではもはやありません。他の国の問題、世界単位で考えねばならない課題を考えるとき、人をどう信じるか、隣の人をどう思いやるか、遠く離れた人をどう理解するか。その手掛かりとなるのが感情の共有です。ドラマや映画にはその役割があって、私たちの感情を世界にたくさんの人に届けることができる。将来、何かの問題を考えるときに役に立つことなんじゃないかと思っています。
佐野:世界中の方に自分が作ったドラマを見てもらえるようになりたいと、日々思っています。『エルピス』の第1話の前半はテレビ局を舞台にしたお仕事コメディのような印象を持たせました。軽妙なコミカルなやりとりから、お仕事ドラマが始まるかと思いきや、えん罪の話が広がっていくというもの。全話を通じて、大きな転調も用意しています。個人的に海外ドラマが好きなのでクライムサスペンスはよく見ますが、『エルピス』のような作品はあまりないと思います。群像劇としてまるでお仕事コメディのように始まり、コミカルな描写が最終回まで存在し続けます。こうしたヒューマンドラマとクライムサスペンスとのバランスのとり方は、あやさんにしかできないことだと思います。稀有な才能です。磨くために日々鍛錬もされています。そんなあやさんの力を信じて、一緒にドラマを作ろうと思いました。それがこのドラマの特異性ともなって、視聴者の皆さんに受け入れられたらうれしいです。
<インタビュー全体を通じて、2人の思考と感情を全力で投じた作品であることが伝わってきた。第1話から存在感のあるキャラクターたちにそれが反映されていることも確認できる。続きが気になるストーリー展開も、作品性の深さを表すものになっている。>
●渡辺あや
1970年生まれ、兵庫県出身。99年に映画監督の岩井俊二が主宰するプロジェクトのシナリオ募集企画「しな丼」に応募し、『天使の目にも鏡』(後に『少年美和』に改題)が、映画プロデューサーの久保田修氏に認められる。03年に『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビュー、11年にNHK連続テレビ小説『カーネーション』で連続ドラマの脚本を初担当。今回の『エルピス-希望、あるいは災い-』で民放連続ドラマの脚本を初担当する。
●佐野亜裕美
1982年生まれ、静岡県出身。東京大学卒業後、06年にTBSテレビ入社。『王様のブランチ』を経て09年にドラマ制作に異動し、『渡る世間は鬼ばかり』のADに。『潜入探偵トカゲ』『刑事のまなざし』『ウロボロス~この愛こそ、正義。』『おかしの家』『99.9~刑事専門弁護士~』『カルテット』『この世界の片隅に』などをプロデュース。20年6月にカンテレへ移籍し、『大豆田とわ子と三人の元夫』、NHKで『17才の帝国』を手がけ、『エルピス-希望、あるいは災い-』をプロデュースする。