「ただ、『RIZIN』を実況したい。格闘技を実況したいという気持ちは、愛は、止められませんでした」――こう涙でフジテレビの退社を発表した鈴木芳彦アナウンサー。その熱い “格闘技愛”のため、安定した会社員生活からフリーアナウンサーという挑戦に臨む姿に、大きな反響があがった。
この決断に至った背景は何か、なぜ格闘技にそこまで魅了されるのか。これまでのアナウンサー人生をひも解きながら、実況におけるこだわり、古巣への思い、そして今後の活動の展望など、たっぷりと話を聞いた――。
■自分のいないRIZIN実況席に「複雑な思い」
“世紀の一戦”と注目を集めた那須川天心×武尊戦『THE MATCH 2022』(6月19日)の中継をフジテレビが取りやめることを発表したのは、5月末。その時点で、「『THE MATCH』と『RIZIN』は違うので、放送を見送るのはこれだけだと、まず思うようにしました」というが、その後、7月以降『RIZIN』でフジテレビのアナウンサーは実況できないという通達を受け、「フリーになることを考えるきっかけになりました」と振り返る。
7月に行われた『RIZIN』の2大会の会場に足を運び、「これまで自分が内側から伝えていたものを、外側から見ていて、ものすごくつらい思いをしました。実況席に知らない顔の人が入っていたりして、違う景色になっているのを見て、複雑な思いにもなりましたね」といい、自身の身の振り方を考えるようになった。
「『THE MATCH』も観客席で見ていたのですが、これが地上波で放送されていないというショックとともに、配信の勢いをものすごく感じたんです。昔は、地上波で放送されないと、一般の人たちはなかなか目にする機会がないし、話題にもなりにくいという話がありましたが、有料配信だったのに、普通に地上波でやってるくらいの勢いでみんな見てるし、話題になっていて、格闘技コンテンツに関しては、もう配信がメインになったのかなと時代の変化を感じました。そこで、格闘技の実況をやりたくてアナウンサーになった自分にとって、本当はフジテレビにずっといたかったんですけど、外に出るというのも1つの選択肢として浮かび上がってきたんです」
■アナウンサーとして1つの可能性に懸けてみたい
7月の『RIZIN』では、実況で鈴木アナの声が聴けないことを残念がるコメントがSNSにあがっていたが、そのことを『RIZIN』の会場に行った際、選手や関係者らから伝えられ、心が動いた。
そこで相談したのは、『RIZIN』CEOの榊原信行氏。そこに、フジが総合格闘技『PRIDE』から撤退したことを機に同局を退社した経験を持つ佐藤大輔ディレクターも入り、「会社に残ってひたむきに業務をこなして、安定した生活がこれからも保証されるフジテレビで働き続けるという道が正しいのか。それとも、自分のやりたいことのために大好きなフジテレビを飛び出すという選択をするのか。どっちが正解か分からないけど、人生において後悔しない道を選びたい」と、自分の気持ちを打ち明けた。
ほかにも、一緒に仕事をしてきたディレクターやプロデューサーたちに思いを伝えると、皆が背中を押す言葉をかけてくれたのだそう。『RIZIN』事務局長の笹原圭一氏は「みんなが背中を押すと思うので、僕だけは一旦止めておきます。まず失うものを考えてください。ただ、鈴木さんがフリーになるのであれば、全力でバックアップします」と言ってくれ、そうした人たちの応援を受け、一歩踏み出すことを決意した。
この決断に至るまでには、もう1つの思いがあった。
「40代で会社を辞めるという選択をした人が、アナウンサーで身近にいなかったので、こういう道も1つあるんだということを、後輩たちに見せるのもいいことなのかなと。司会者系のアナウンサーがフリーになることはよくありますが、僕みたいな格闘技やeスポーツなど実況に偏ってるアナウンサーが外に飛び出すケースは見たことがなかった。でも配信の時代にもなってきたので、人が進まなかった道に自分が先駆けで進んでみることで、アナウンサーとしての1つの可能性に懸けてみたいという気持ちもありました」