――「一冊の写真集にまとめる」というのが、ヤンさんのこだわりなんですね。

もともと映画が好きだったんですよ。自分の写真集は自分が監督のドキュメンタリー映画のつもりなんです。映画と違って写真は全部一人でできるし、被写体もカメラもフィルムも全部自分だけ決められる。映画より写真の方が、自分の性分には合っているんだと思います。

――寿町(横浜市)で撮られた『』は、昭和の写真かと思っていたら、2002年撮影で驚きました。

でしょう? 僕もビックリしました。寿町で撮るときは、カメラを出すまでに3カ月かかりました。テキヤのときは2年でしたけど。

――被写体と知り合いになっているからこそ、この距離感で写真が撮れるわけですね。

そう。「撮っていいよ」と言われて撮るから、こういう写真が撮れるんです。こういう場所だと隠し撮りする人も多いと思うけど、それだと盗んだような気がして嫌だから、必ず断るようにしているんです。子どもの頃一度だけ泥棒をしたことがあるんですが、盗み撮りをするとその時のトラウマを思い出す気がする。あの時の不安はもう二度と味わいたくなくて。

  • 『人』(禅フォトギャラリー刊)

――ヤンさんの中には撮りたいイメージが最初からあるんですか? それとも実際にその場所に行ってから発見するんですか?

まずはその街と人と触れ合ってみて、面白いと思ったものを見つけて、「どうすればそれを撮れるんだろう?」と考えるところから始まります。時には熱燗とかビールなんかを差し入れて、一緒に飲んだりして。最初は「お前サツだろう?」って警戒されたりもしましたけど。

――写真家だと明かしたとき、どんな反応だったんですか?

「お前が写真撮ってるところなんか見たことないよ」と言われて、「本当は撮りたかったけど、急に撮るのも失礼だから、ある程度関係性が出来てから撮りたいと思ってた」と言いました。最初に撮った写真をプリントして次に会った時に渡したら、すごく喜んでくれました。

――いわゆる"カッコいい"写真ばかりではないですが、被写体になった方にも喜ばれる、と。

「こんな風に残してくれてありがとう」って。特に閉店するキャバレーで撮ったときは、みんな喜んでましたね。40数年の歴史ある店が終わってしまったから。たまたま閉店する1年前から撮り始めたんです。常連さんや、元従業員の方たちも皆写真展に来てくれました。

――「自分が撮りたいものを撮る」のが信条だからこそ、被写体の気持ちを第一に考えるわけですね。

信頼関係を築くまでに、一番時間をかけるようにしています。こんな言い方をしたら失礼かもしれないけど、「人ほど面白い動物はいない」と思うから。これから歌舞伎町がどう変わっていくかにも興味があって、いまは歌舞伎町のホストクラブの写真を撮っています。だからもうちょっとしたら俺は、ホストクラブのナンバーワンになっちゃうかもしれない(笑)。

――確かに。「まずは一緒に働いてから撮る」のが、ヤンさんのスタイルですもんね(笑)。

いやいや、それは冗談です(笑)。さすがにそれはちょっと無理だから、ホストクラブのオーナーと仲良くなって、「好きな時に自由に店に来て撮っていいよ」と言ってもらったので、もう3年ぐらい撮ってるんですけど、コロナ禍になってから撮り始めたから、お客さんも従業員の人たちも、基本的にはみんなマスク姿なんです。昔は撮りたい人が町中にいたんだけど、今はほとんどいなくて、店の中でちょっと面白い人を撮るようになってきた感じです。

――歌舞伎町にいる人も昔と比べて警戒心が強くなって、撮りにくくなってきてますか?

いや。撮りにくいか、撮りやすいかで言ったら、むしろ今の方が撮りやすいんですよ。でも、肝心の"撮りたい人"がいないんです。前は歩きながら空を見上げたりしながら撮っていたけど、今はまっすぐ前を見て歌舞伎町を歩いています。喧嘩とか事件なんかが起きても、いまはみんな普通にスマホで撮ってるし、カメラの性能も良くなって、暗くてもなんでも写っちゃうしね。

――「トー横キッズ」のような、いまどきの歌舞伎町の若い人たちは撮らないんですか?

あの人たちはね、いくら話をしようとしても話にならないから、撮るのをやめた。勝手に撮るわけにはいかないから。

――ヤンさんが「撮りたい」と思う対象は、まだ日本にありますか?

まだまだありますよ。僕の「B side」の写真はまだ見てないですよね? 『TEKIYA 的屋』がA面だとするならば、日常の些細なことを記録して自分でまとめたのが、「B side」。自分で作ったダミー写真集があるんです。日々、気になったものを撮ってるだけなんですけど、これがまたいいんですよ(笑)。自分に声をかけてくる、猫とか、雀とか、蛇とか。そういうものを撮ってる。最後まで自分で編集して、初めて自分のことを天才だと思いました(笑)。

――"人"ではないけど、お気に入りなんですね。

自分としてはね。今までのとは全然違うんですよ。写真集になったらいいなと思っています。

◆梁丞佑 写真展「TEKIYA 的屋」

会期:2022年9月16日(金) — 10月15日(土)
会場:禅フォトギャラリー(東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル208号室)
営業時間:正午~午後7時(日・月・祝祭日は休廊)

梁丞佑(ヤン・スンウー)

韓国出身。1996年に来日し、日本写真芸術専門学校と、東京工芸大学芸術学部写真学科を卒業。その後、同大学院芸術学研究科を修了し、日本を中心に活動する。2016年に禅フォトギャラリーより刊行した写真集『新宿迷子』にて、新宿・歌舞伎町の街を居場所とする人々をモノクロームスナップショットで記録し、土門拳賞を受賞。2017年には同じく禅フォトギャラリーより写真集『人』を刊行した。同年パリのinbetween galleryにて個展を開催するなど、近年は国際的にも活躍の場を広げている。その他の写真集に『君はあっちがわ 僕はこっちがわ』(2006年、新風舎)、『君はあっちがわ 僕はこっちがわ II』(2011年、禅フォトギャラリー)、『青春吉日』(2012年、禅フォトギャラリー)、『青春吉日』新装版 (2019年、禅フォトギャラリー)、『The Last Cabaret』(2020年、禅フォトギャラリー)、『ヤン太郎 バカ太郎』(2021年、禅フォトギャラリー)などがある。