演者側が映画を監督する場合、アート寄りになることも多い。劇団ひとりの場合はエンタテインメントに振り切った印象もあり、それゆえ観客・視聴者からの支持も高い。
「もちろん、基本は自分のために作りますよ。でも、出すときはちゃんとエンタメにしないといけない。そこでお客さんの目線になるんです。自分がいいと思ったものをそのまま出しても伝わらなければ意味がないじゃないですか。主観で作り、その輪郭をなぞると客観的にお客さんが楽しめそうな、伝わるような視点が生まれる。僕はそうアプローチをしながら作品を作っています」
そんな“劇団ひとり”メソッドで撮影された『無言館』。“人間”を大事にする彼は「いろいろな戦没画学生のご遺族を訪ねる内容なので、限られた尺の中で、その人たちの人間らしさを描くことに注視しました」と胸を張る。
その人間らしさを描く上で、「監督業は多少わがままじゃないと成立しない。芝居に正解はなく、それぞれが正しいと思って演じている中で、僕が我を通して“違う”と言わないと自分が望んだものは撮れないんです。そういう意味ではメンタルの強さは大事。周囲を気遣うことにある意味“鈍感”でないと難しい」と持論を展開。
ベテランぞろいの現場ゆえに、「セリフ回しに皆さん特徴があり、その人にしかできないお芝居をされているなと感じました。今の役者さんって器用でオールマイティな方が多いんですが、ベテランの皆さんが自分たちの得意な芝居に役を落とし込んでいる感じが、僕の作風に新たな風を吹き込んでくれた気もします。それは本作から得た素敵な経験でした」とも語る。
■45歳にして初めて“戦争”を深く掘り下げて考えた
今作は実在する窪島さんの強い意向もあり、「美談にしない」ことにも気をつけた。また、過度な「戦争反対」的なメッセージを排除し、窪島さんと野見山の2人の関係性をクローズアップしている。
一方、戦没画学生・日高安典役で、IMPACTors/ジャニーズJr.の影山拓也、日高が出征する直前まで絵を描いていた雪江役で、女優・モデルの八木莉可子というキャストも出演。フレッシュな“色”も取り入れた。
「僕自身、ここまで戦争を深く掘り下げて考えたことがなかった。実際に『無言館』へ赴き、いろんな絵を見て45歳にしてようやく何かが見えた気がします。皆さんにもそんなきっかけになってくれたらうれしいし、『無言館』に実際に足を運んでもらえたら」
そうメッセージを発しつつも、「『無言館』は意外と狭いので、ゆっくり見ないとすぐ終わっちゃいますよ。気をつけないと3~4分で(笑)。ですから絵の情報を頭に入れながら鑑賞してくださいね」と冗談も忘れない。人気監督でありながらユーモアを忘れない精神は、このインタビューからも感じられた。
●劇団ひとり
1977年生まれ、千葉県出身。93年にデビュー、00年に劇団ひとりとしてピン芸人となる。06年には『陰日向に咲く』で小説家デビュー。14年、自身の書き下ろし小説を映画化した『青天の霹靂』で初監督を務め、第6回TAMA映画賞・最優秀新進監督賞や、第24回東京スポーツ映画大賞の新人賞に輝く。3作目の小説『浅草ルンタッタ』を先日発表。タレントとして『クイズ!あなたは小学5年生より賢いの?』『King & Princeる。』『午前0時の森』(日本テレビ)、『ゴッドタン』(テレビ東京)、『中居正広のキャスターな会』(テレビ朝日)にレギュラー出演しながら、16年に劇場アニメ『クレヨンしんちゃん 爆睡!ユメミーワールド大突撃』で脚本、19年にドラマ『べしゃり暮らし』(テレビ朝日)で演出、21年に配信映画『浅草キッド』(Netflix)で監督・脚本、そして22年に『24時間テレビスペシャルドラマ「無言館」』(日本テレビ)で監督・脚本を務める。