主人公の「もも」を演じるのが、NHKドラマ初主演となる女優の伊藤沙莉。起用理由について後藤氏は「加藤さんが書かれたプロットを読んだとき、ももさんは伊藤さんが良いなと思ったんです。ももさんは一般的な生活を送り社会に“適応”している25歳の女性なんですけれど、一般的と言われている部分と、内包している“死にたい”という部分が、嫌味なくスッと入ってくるように演じられるのは伊藤さんしかいないと思ったんです」と説明すると「伊藤さんもこの作品ではシーンごとに作為を持たないように、“演じようとしない”ことを大切にしている印象を持ちました。とても真摯に作品に向き合ってくださいました」と感謝を述べる。
伊藤をはじめ俳優陣とは「パパゲーノ」について丁寧に意思疎通を行ったという。後藤氏は「出演者の方には、個別に本作の意図を説明し、“死にたい”という気持ちと役柄がどう接点があるのかということもお話しさせていただきました。その後全員にお集まりいただき本読みのときに、WHOの自殺に関わる映像制作の留意点も紹介し、取材でお付き合いのある精神科医の方に撮影の際の注意点もご相談させていただき共有しました。さらに撮影中も精神科医、自殺対策の専門家の方に視察に来ていただき、緊張感のあるシーンなどはしっかり現場を見ていただきました」と細心の注意を払って撮影に臨んだという。
出来上がった作品は「決してなにかを解決するためのものではない」と後藤氏も加藤氏も強調する。「向き合う」ことが伝えたいメッセージだという。こうした企画を“いま”やるというのは、コロナ禍を含めた社会情勢に起因しているのだろうか――。
後藤氏は「コロナ禍になってから『女性の自殺急増』や『子供の自殺急増』などという言葉が新聞や雑誌の煽り文言で増えてきていますが、当事者の方にお話をお聞きしていると、別にコロナ禍で急増したのではなく、教育現場や経済状況など、コロナ前からずっと続いていたのに、なにも解決せずここまで来てしまった課題が沢山あると感じた」と語ると「コロナ禍になって『つらいよね』という気持ちを共有したような感覚になりやすいのですが、実は前からあったこと。いままではそこに蓋をして生活をしていたんだと思います」と見解を述べる。
加藤氏も「寄せられた声や後藤さんの取材資料を読んでいると、共感できるなんて言うのもおこがましいような悩みがたくさんあります。それはコロナ禍だからというわけではない。脚本を書くという立場でそれは解決できる問題でもない。本当に向き合うという言葉なんですよね」と、コロナ禍により顕在化したという事実はあるが、決して“いま”起こった問題ではないことを強調する。
これまで蓋をしてきたことを、否定もせず肯定もせず、そして解決を目指すわけではなく、ただ“向き合う”ことに視点を向けて作り上げられた本作。後藤氏は「嘘のないお話」と作品の持つ純度の高さに触れていた。
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