館襲撃は里の手引きだったにもかかわらず、行家に頼朝の仕業と聞かされ絶望して泣く義経。その前に義朝の供養のための髑髏は本物ではないのではと疑う静の言葉に義経は自分が鎌倉におびき寄せられているのではないかと疑ったようにも感じる。いろんなボタンの掛け違いで頼朝と義経の心が離れていく。
「(信じ合う)子どもたちは最後に仲直りをします」と八重(新垣結衣)が頼朝に説く。第18回で平宗盛(小泉孝太郎)が兄と信じ合っていたと言ったように兄弟は信じ合ってさえいればいい。でも頼朝と義経はお互いを信じることができない。
義経は周囲の無責任な言動に振り回されて正しい判断ができなくなっていく。超合理的に戦の作戦を考えることはできても他者の感情を理解することができない義経。戦闘マシーンの哀しみがそこにある。
時政と義時が京都守護として上洛し目覚ましい活躍、彼らの前に逃亡に疲れて落ちぶれ雰囲気の義経が現れる。時政は「偽物であろう」と言って微笑み、彼を見逃し、その話を聞く。この笑顔がいいし、「まだまだこれからじゃ」と義経を励ますところも人情に溢れている。ここのところの『鎌倉殿』にはなかった温かいスープのような人情が染みる。
「九郎殿はまっすぐ過ぎたのです。うやましいほどに」と義時。その真っ直ぐさ、戦以外のことに生かせたら良かったのに。時政の言う「経験」を積むことで義経の明晰な頭脳が役立つことはがあったのかもしれない。真っ直ぐな義経に比べて『鎌倉殿』の登場人物はみんな捻れた人たちばかりなのだ。
義経が挙兵したとき、ほとんどの御家人が戦うのを拒んだなか、毅然とやる気を見せる梶原景時(中村獅童)と畠山重忠(中川大志)。彼らの史実を思うと、賢く強い人たちはみんな上の人たちにとって邪魔な存在になってしまうのだということに切なさを覚える。
畠山演じる中川は、5月13日に『あさイチ』にゲスト出演して、『鎌倉殿』のテーマ曲に乗って踊っていたのが印象的だった。あの動きが目に焼き付いて離れない。とっても楽しいダンスと物語の深刻さ、ギャップがあり過ぎる。
(C)NHK