続いてのセッションは「緊急通報問題と周辺事情」と題し、昨年話題になった、iPhoneが一定条件下で緊急通報(110や119など)が行えない件の背景について、堂前氏が発表を行った。

  • いつもお馴染み堂前氏が担当。この問題は気になっていたiPhoneユーザーも多いのではないだろうか

この問題は、昨年9月10日に、iPhoneのeSIMが利用できる機種において、特定条件下で緊急通報(110/118/119)ができない事象が確認されたという案内が各キャリア等から報じられたことに端を発する。この問題はデュアルSIM環境の「データ専用回線+音声回線」の組み合わせで発生すること、番号発信の「186」を付ければ通話可能であること、Android端末でも発生していること(ただし発生条件が異なる場合がある)なども、徐々に明らかになった。このうち、今回はiPhoneに関して発生メカニズムが紹介された。

  • この問題はiOS 15.2で解消済みなので、最新OSにアップデートすることをお勧めする

この問題は、デュアルSIMに対応したiPhoneのうち、「モバイルデータ通信」をデータ専用SIMに指定している場合にのみ発生する。スマートフォンは電話を発する時に、緊急通報番号の場合、番号に緊急通報である識別情報をつけて、特別な手順発信する。こうすることで電話網の側でもその信号を優先扱いで処理し、警察や消防に接続してくれるのだ。通常、iPhoneで通話処理を行うときには「デフォルトの音声回線」に設定したSIMが使われるのだが、なぜか緊急通報に関しては「モバイルデータ通信」のほうから発信しようとして、音声通話に対応していないので通話に失敗してしまう、ということであった。

  • iOSの設定画面で「モバイルデータ通信」と「デフォルトの音声回線」が並んでいるが、(物理的に)上のSIMから接続を試行するようだ

「そんなの、デュアルSIMなら両方試すようにするのは当然では?」と思う方も多いだろうが、GSMAによる複数のSIMがあるときの仕様として、通話が終わるまで順番にSIMを試行していくのは「推奨」扱いであり、iPhoneの実装も間違いとは言い切れない。また、データ専用回線(回線交換できない)というのが日本にしかない(!)という事情もあるため、チェック項目からはずれてしまったのではないか、といのうが堂前氏の見解だ。

  • 仕様上「必須」(MUST)と「推奨」(SHOULD)の差はかなり大きい。大手メーカーであるAppleは仕様を全部拾っているのでは、と思いがちだが、案外そうでもないようだ

  • データ専用SIMは日本にしかないというのは意外だったという人も多いのでは

さて、この問題に関係して、総務省からiPhoneのeSIM対応機種に対して「電気通信機器の基準認証制度における技術基準への不適合等の事例について」という告知があった。そこで話題になったのが、いわゆる「技適不適合」であるなら、iPhoneを使うのは違法状態なのでは?という懸念だ。

「技適」(技術認定適合)とは、無線を利用する端末が日本国内で使用される時に、電波法に触れない出力・周波数帯を利用する端末であることを示すもので、例えば海外で購入したWi-Fi機器などを勝手に日本国内で利用するのは違法状態となる。マニアにとっては昔からお馴染みの制度であり、もしこれに日本で最大シェアを誇るiPhoneが引っ掛かれば一大事というわけだ。

結論としてはセーフだったわけだが、これは「技適」(技術基準適合)について2つの法律が関係していることがその背景にある。技適には「技術認定適合認定」と「技術認定適合証明」の2種類あり、昔から知られている「技適」は後者(証明)の電波法によるもの。そして今回の告知で不適合とされたのは、前者(認定)の、電気通信事業法に関わるものだった。

  • 不勉強で申し訳ないが、筆者も技適にも2種類あるということはうっすらとしか知らなかった

この「技術認定適合認定」制度、その発端はNTT民営化まで遡る。それまで電電公社が端末の技術仕様を決めていたものが、民営化で通信サービス自体が複数存在するようになったとき、各社が勝手に端末の仕様を決めるのではなく、国が定めた共通の技術基準を適用しようという目的で設立されたものだ。

  • 技術認定適合認定とは、電気通信回線設備に接続する端末設備が、回線設備や他の利用者に悪影響を与えないことを示す制度である

そしてこの認定制度において、緊急通報機能は必要とされているが、デュアルSIMを想定した試験方法は規定されておらず、片方のSIMだけでも通報できるなら認定基準を満たしていると判断できる可能性がある。事実、総務省の告知でも「不適合『等』」としており、(大変政治的な言い回しだが)「直接の不適合ではない、周辺事例」という判断になったようだ。

  • 影響の多大さを鑑みたのか、法律の解釈を精査したのかはわからないが、とりあえず「違法」ではないということだ

ならば今後はデュアルSIMも想定した認定基準にしておけばいいではないか、というのが一般的な反応だと思われるが、キャリアもメーカーも複数存在する環境で、さらにMNPやSIMフリー端末の興隆により、検査しなければならない条件は指数関数的に増加する。そして電気通信事業法的に、ユーザーによって持ち込まれた端末をキャリアが拒めない以上、問題が発生した時の責任は誰が負うべきか、というのも難しい判断になる。業界団体か、行政か、消費者団体になるかは定かではないが、こうした問題への適切な落とし所を決める必要があるだろう。

  • ただでさえ110などの緊急通報はテストがしにくいという事情もあり、そう簡単に解決する問題ではないと堂前氏は指摘した