昨夏の東京五輪で史上初の銀メダルを獲得したバスケットボール女子日本代表のトム・ホーバス前ヘッドコーチ(現男子日本代表ヘッドコーチ)がこのほど、著書『チャレンジング・トム-日本女子バスケを東京五輪銀メダルに導いた魔法の言葉-』(ワニブックス刊)を発表した。欧米勢に比べて平均身長で大きく劣る女子代表を躍進させ、今では2人のNBAプレーヤー、八村塁と渡邊雄太を擁する男子代表へと注がれている、流暢な日本語を駆使したわかりやすい言葉と日本人の長所を生かす明確なスタイル、そして真っ赤に燃え上がる情熱を、インタビューを介して届ける。
――女子日本代表がオリンピック史上初の銀メダルを獲得した昨年8月8日の東京オリンピック最終日から、ちょうど半年後の2月8日に著書が発売されました。
ちょっと時間がかかりましたけど、いいタイミングだと思っています。私はバスケットボールを日本のメインスポーツにしたいとずっと考えてきたので、東京オリンピックを忘れないでいてほしい、という気持ちを込めました。
――その東京オリンピックでまず思い出すのが、ベルギー代表との準々決勝です。第3クォーターの途中で13点差をつけられながら、魔法の言葉を紹介した今回の著書の中で真っ先に記した「逆境に陥ってもヘッドダウンしない」が実践されました。
私たちのバスケットボールがしっかりとできるのであれば、13点差をつけられていても大丈夫だと思っていました。2020年2月のオリンピック最終予選で対戦した時には、第4クォーターの残り5分半で17点差をつけられていたのを、1分半の段階で1点差まで追いあげています。オフェンスやディフェンスには、選手たちも自信を持っていたので。
――残り15秒あまりで林咲希選手が起死回生の逆転3ポイントシュートを決めました。
実はベルギー戦を通して、林選手の3ポイントシュートはあまり入っていなかったんです。宮澤(夕貴)選手の方が入っていた状況で、第4クォーターの残り5分か4分ぐらいに、林選手を交代させるかどうかを含めていろいろと考えていました。ただ、最終的には林選手を含めて第4クォーターは5人全員を最後まで代えなかった。何かをしてくれる5人だったので、あの状況ではベストだと思い、そのままでいこうと。
――フランス代表との準決勝は快勝でしたが、第4クォーターに取ったタイムアウトで、選手たちに対して怒っていた姿が印象に残りました。
27点差を15点差まで追い上げられれば怒るでしょう。ベンチメンバーもあまりいい仕事をしていなかったので注意しました。次のアメリカとの決勝戦では、本橋(菜子)選手や宮崎(早織)選手をはじめとするベンチメンバーが、すごくいい仕事をしたのが個人的にはうれしかった。残り4分ぐらいからベンチメンバーの全員を出して、20点以上も負けていたのが最後は15点差になった。準決勝がいい経験になったと思っています。
――7連覇を達成したアメリカが、徹底した日本対策を講じてきました。
アメリカのディフェンスは本当にすごかった。ディナイ(マークする選手がボールを持っていなくてもパスを通させない)だけでなく、もうフェイスガード(張りついて守る)でしたからね。ポイントガードの町田(瑠唯)選手はフェイントやパッシングは非常に上手いけど、長所を徹底的に警戒されたため、私たちのオプションが少なくなってしまった。
――大国アメリカを本気にさせたことを、どう感じていたのでしょうか。
アメリカの選手たちと試合後にいろいろな話をしましたが、通常は15分ほど行う試合前のスカウティングが、決勝前には日本の試合をすべて見たそうなんですね。東京オリンピックの初戦から準決勝までの映像を。アメリカのコーチや選手たちからは「すごく勉強になった」という言葉も聞きました。負けたのは悔しかったですけど、アメリカが私たちのバスケットボールをリスペクトしてくれたのはすごくうれしかったですね。
――銀メダル獲得につながった日本独自のスタイルは、どのようなきっかけや、あるいは経緯で生まれたのでしょうか。
アナリティックス・バスケットボールですね。データを活用してパワーバスケットボールに対抗するスタイルはNBAでも主流です。このアナリティックスバスケこそが、日本にぴったり合うと思っていました。スピードがあるし、パッシングも上手い。全員がよく動くし、3ポイントシュートもよく入り、何よりもチームワークが素晴らしいので。
――他国よりも劣る平均身長を逆に生かすスタイルは、著書で紹介された魔法の言葉のひとつ「視点を変えれば欠点は長所になる」そのままですよね。
確かに日本人は小さいけど、そこがポジティブな要素になります。速さがあれば大きな相手は私たちをマークできないし、ディフェンスも難しくなる。他国よりも体力があるから、第4クォーターまで日本のバスケを出せたら相手はついて来られない。相手へすごくプレッシャーをかけられるので、金メダルのチャンスがあると思ったんです。
――だからこそ2017年1月に行われた女子代表ヘッドコーチへの就任会見で、東京オリンピックでの金メダル獲得を目標として掲げたわけですね。
メディアを含めた多くの人たちは信じなかったようですけど、私には大きな自信がありましたし、何よりも選手たちを信じていた。アジアカップ優勝など、いろいろな結果を出してきたなかで選手たちも少しずつ私を信じてくれた。アメリカとの決勝戦を前にした時には、チーム全員が絶対に勝つと信じていました。
――パッシングとカッティングを多用し、2010年代のNBAを席巻したゴールデンステート・ウォリアーズに、ボールを持つ選手をスクリーンプレーでフリーにするオフェンスを得意とした、ヒューストン・ロケッツを融合させたスタイルを明確に示しました。
この2チームのバスケットボールは素晴らしいと思い、私も必死になって勉強しました。さまざまなルールやフォーメーションを作り、日本人のストロングポイントを出していった中で特別なバスケットボールスタイルを作りました。その過程では、細かい努力を惜しまない国民性や団結力の高さも日本の強みだと伝えてきました。