オーディオが祖業のソニーが、画期的な新製品を発売した。その名は「HT-A9」。たった4本のスピーカーで最大12chのサラウンドを実現、しかもワイヤレス。Dolby Atmosなどの音源を気軽に楽しめると聞けば、これは試してみなければ。

  • HT-A9

  • ソニーの試聴スペースでの取材風景

常識破りのホームシアター! だけどナゾが多い

サラウンドシステムというと、AVアンプを軸とした4本(4ch)以上で、できればセンタースピーカー(1ch)とサブウーファー(0.1ch)を加えた5.1ch以上のスピーカーを配置するのが常道。住宅事情でそれが難しければ、擬似的なサラウンド効果(バーチャルサラウンド)を実現するサウンドバーを利用するというのが、一般的な"マイホーム・サラウンド"のあり方だ。

その常識をくつがえす製品が、ソニーの「HT-A9」(8月7日発売/実売約22万円)。コントロールボックスと4本のワイヤレススピーカーで構成され、オプションでワイヤレスサブウーファー2製品が用意される。アコースティックセンターシンクに対応したBRAVIA(A90J/A80J/X95Jシリーズ)限定にはなるものの、テレビの内蔵スピーカーをセンタースピーカーとして活用することもできるという。

さっそくレビュー用に借りてみたが、このHT-A9、分からないことが多い。4台あるスピーカーの仕様は同一なのか(外見に違いは感じられない)、ワイヤレスにつきものの(音の)遅延をどのように解決しているのか、スピーカーの設置位置で音は変わるのか……リアル取材が難しい昨今ではあるが、確とした感染対策のもと、ソニーの製品開発チームに取材を敢行した。

  • HT-A9の開発陣。左から、ソニー ホームエンタテインメント&サウンドプロダクツ事業本部 ホームプロダクト事業部 ホーム商品企画部の鈴木真樹氏、設計(音響設計)のホーム商品技術部 酒井芳将氏、設計(プロジェクトリーダー)のホーム商品設計部 堀内雅彦氏

  • HT-A9のスピーカーを掲げる海上氏

“ワイヤレスでサラウンド”の仕組み

HT-A9最大の特長は、ワイヤレススピーカーでサラウンドを実現したこと。スピーカーの位置とスピーカーと天井間の距離を音波で計測し、最大12個のファントム(仮想)スピーカーを生成、そこからの音波を再現することで物理的な音場、すなわちサラウンド環境を再現するという。人間の聴覚心理に基づいた演算によって実現するバーチャルサラウンドではない、“リアルサラウンド”なのだ。

  • 最大12個のファントム(仮想)スピーカーを4本のワイヤレススピーカーから生み出し、360度のサラウンド空間を作り出すイメージ

バーチャルサラウンドとの違いは、リスニングポジションによる音色の変化を受けにくいこと。バーチャルサラウンドのリスニングポイントは狭く、そこを外れると一気にサラウンド感が失われてしまうが、HT-A9はリアルサラウンドに近い聴取エリアを実現するという。

それに、そもそもスピーカーに与えられた役割が違う。従来の(オブジェクトオーディオ以前の)サラウンドシステムでは、コンテンツの制作時点で各チャンネルに音を割り当て、スピーカーはその役割分担に従って音を出すのみだが、HT-A9では4本(正確には上向きスピーカーを加えた8本)のスピーカーが協調して各チャンネルの音を再生する。前方に見えるスピーカーは“専業”フロントスピーカーのように見えるが必ずしもそうではなく、実はトップ/ハイトやリアの音も出す“兼業”スピーカー、というわけだ。

  • HT-A9のスピーカーからグリルを外したところ。19mmソフトドームツイーター(上)、フルレンジの70×82mm X-balanced Speakerユニット(中央)を搭載

  • 上部には、イネーブルドスピーカー(46×54mm X-balanced Speakerユニット)を斜め上向きに配置

  • スピーカー(分解モデル)の内部はこんな感じ

コントロールボックスと4本のスピーカーの役割分担はどうなっているのかたずねてみると、「HDMIで入力したDolby Atmosなどのデータはコントロールボックス上でデコードを実行、DSP処理したものを各スピーカーに送信している」(堀内氏)とのこと。なるほど、各スピーカーには上向きスピーカーが搭載されているから4ch+4chで計8ch、オプションのサブウーファーを考慮すると最大9ch分、最大12基のファントムスピーカーの音場を再現するための成分を含んだ音声信号を無線送信しているわけだ。

  • HT-A9のコントロールボックス

  • HDMI入出力をコントロールボックスの背面に各1基装備

コントロールボックスから各スピーカーへどのように通信しているか、具体的な実装方法は非公表とのことだが、ソニーのソースコードディストリビューションサービス(https://oss.sony.net/)を見るに、LinuxベースのIPネットワークを利用していることは間違いない。「スピーカーとは5GHz帯を利用し直接通信しており、遅延を抑える独自技術を使用している」(鈴木氏)のだそうだが、エラー訂正を伴うTCPでは遅延が避けられないため、UDPを使用しているのではと推測するが……

4本のスピーカーは見た目がまるで同じだ。中身も共通なのかとたずねると、「4本とも基板や内部仕様などハードウェアは同じ。各スピーカーの底面には設置場所を示すシールが貼られており、それに応じたソフトウェアが書き込まれている」(酒井氏)とのことで、完全互換というわけではない。

【お詫びと訂正】初出時のHT-A9に関する技術説明の一部に誤りがあったため、本文を正しいものに差し替えました。お詫びして訂正いたします(9月30日 19:00)
  • 4本のスピーカー(赤丸で囲ったところ)はすべて見た目は同じ。配置する場所は決まっていて、「FL」(フロント左)、「FR」(フロント右)、「RL」(リア左)、「RR」(リア右)に割り当てられている

  • スピーカーの底面にFLやRRといった、設置場所を示す記号が記載されている

実際にDolby Atmosのトレーラーを鑑賞したが、これはまごうことなきサラウンド。AVアンプで構成したいろいろな7.1.4chシステム(7.1chシステムに、天井のトップスピーカー4chを設置した環境)で何度も見ているコンテンツなだけに、天井方向・リア方向の音の再現性が確かなことはすぐわかる。物体の動きにあわせて音が回転するエフェクトでは、特に遅延らしい遅延も、位相のズレのようなものも感じられない。

聞きしに勝る、とはまさにこのこと。ワイヤレスでこれだけのサラウンド再現力があれば、おうち時間もさぞや充実するはず……しかし、しっかりセッティングされた試聴室と一般家庭の部屋を同列に並べるのは危険だ。これは自宅で、適当に“ポン置き”した状態で確かめてみなければ。