史上初となる、旅行者だけの宇宙飛行ミッションがついに実現した。
ミッション名は「インスピレーション4 (Inspiration 4)」。4人の宇宙旅行者は、スペースXの有人宇宙船「クルー・ドラゴン」に乗り、2021年9月16日(日本時間)に宇宙へ出発。3日間の宇宙旅行を楽しんだ。
そこには、難病の子どもを救う願いと、本格的な宇宙旅行時代の幕開けへの期待が込められている。
インスピレーション4とは?
インスピレーション4は、実業家・起業家のジャレッド・アイザックマン(Jared Isaacman)氏が企画した宇宙飛行ミッションで、同氏が招待したヘイリー・アルセノー氏、クリス・センブロスキー(Chris Sembroski)氏、そしてサイアン・プロクター(Sian Proctor)氏の3人とともに宇宙へと飛び立った。
アイザックマン氏をはじめ、4人は軍や米国航空宇宙局(NASA)などに所属しておらず、また宇宙飛行士としての資格も持っていない。宇宙旅行者のみの宇宙飛行は史上初となった。
このミッションでコマンダーを務めたアイザックマン氏は、1984年生まれの38歳。1999年、16歳で決済処理サービス「Shift4 Payments」を起業し、現在では業界屈指の企業へと成長させた。
民間機と軍用機のジェット機パイロットとしての資格も持ち、2008年と2009年には世界一周飛行を成し遂げたほか、米軍のパイロットを育成する民間企業「ドラケン・インターナショナル」も経営。さらに民間のアクロバット飛行チーム「ブラックダイヤモンド・ジェット・チーム」の一員として曲芸飛行もこなしている。
慈善家としても有名で、世界一周飛行やブラックダイヤモンド・ジェット・チームでの飛行で得られた売り上げや寄付金などをボランティア団体などに寄付している。
インスピレーション4もまた、子どものがん、白血病の研究、治療施設であるセント・ジュード小児研究病院への寄付を集めることを目的に行われた。すでにアイザックマン氏自ら1億ドルを寄付しており、今回のミッションを通じて2022年2月までに2億ドルを集めることを目標としている。現在までに1億3000万ドル以上の寄付金が集まっているという。
ヘイリー・アルセノー(Hayley Arceneaux)氏は1991年生まれの29歳。10歳のときに小児がんを発症するも克服し、現在は健康に過ごしている。その経験から、2016年にはフィジシャン・アシスタントの学位を取得し、セント・ジュード小児研究病院で働いている。今回のミッションでは医療担当者(Medical Officer)を務めた。
クリス・センブロスキー(Chris Sembroski)氏は1979年生まれの42歳。幼いころから宇宙に憧れ、モデルロケットの製作や、民間による宇宙開発を促進するための政治活動に参加。その後は米空軍に入隊、2007年に退役したあとはロッキード・マーティンに就職し、エンジニアとして働く。セント・ジュード病院にも寄付しており、その縁でインスピレーション4の搭乗員として選ばれた。今回のミッションではミッション・スペシャリストを務めた。
サイアン・プロクター(Sian Proctor)氏は1970年生まれの50歳。地質学の修士号を持つとともに、科学教育の博士号も持ち、サイエンス・コミュニケーターとしても活動。宇宙飛行を模した地球上での訓練シミュレーションにも参加し、2009年にはNASAの宇宙飛行士選抜の最終選考にも残るなど、宇宙への情熱を持ち続けてきた。今回のミッションではパイロットを務めた。
参加する4人は、それぞれアイザックマン氏が「リーダーリップ(Leadership)」、アルセノー氏が「希望(Hope)」、センブロスキー氏が「寛容さ(Generosity)」、そしてプロクター氏が「繁栄(Prosperity)」を象徴するものとしている。
4人分の運賃はアイザックマン氏が全額を支払った。金額は明らかになっていないが、1人あたり5000万ドル、つまり合計約2億ドルとされる。
インスピレーション4の飛行
アイザックマン氏ら4人のクルーは、スペースXが開発した民間宇宙船クルー・ドラゴンに乗り込み、日本時間9月16日9時2分(米東部夏時間15日20時2分)、「ファルコン9」ロケットで、フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。
ロケットは順調に飛行し、約12分後にクルー・ドラゴンを分離。その後、クルー・ドラゴン側のスラスター噴射により、高度約580kmの軌道に入った。
クルー・ドラゴンは単独で3日間飛行。トイレなどに細かなトラブルが発生したとされるが、基本的に大きな問題はなく、飛行は順調だったという。
そして19日8時6分ごろ、フロリダ沖の海上に着水し、無事の帰還を果たした。
搭乗していた4人は全員宇宙飛行士ではないため、宇宙船は基本的に自律飛行したほか、地上の管制センターから遠隔操作で運用された(ただし、緊急時に備えた訓練は受けている)。これはハードウェア、ソフトウェアの両方で、宇宙船の技術や信頼性が向上したことで実現につながったといえよう。
4人が搭乗したクルー・ドラゴンのカプセル部は、昨年11月から今年5月にかけて飛行したクルー・ドラゴン運用1号機(Crew-1)の機体「レジリエンス」を再使用したもので、同カプセルにとっては今回が2回目の飛行となった。
また、Crew-1ではISSにドッキングするため、カプセルの先端にドッキング機構を装備していたが、今回はドッキングの必要がないことから、代わりに「キューポラ」と呼ばれる、ドーム型の大型の窓を装備。宇宙に打ち上げられた中で最大の一体窓であり、搭乗員は壮大なパノラマを見ることができた。
くわえて、船内には人体、生命に対する放射線の影響の研究に関連した、いくつかの科学実験も搭載されていた。