アメリカ由来の早期リタイアの概念「FIRE」が日本でも注目を集めています。若くして経済的自立を果たし、自由に人生を謳歌する魅力的な生き方ですが、日本人には不向きな点もあるようです。
今回は、リタイアメントプランに強いファイナンシャルプランナーで『普通の会社員でもできる日本版FIRE超入門』の著者である山崎俊輔さんに、日本人がFIREを目指すうえで気をつけるべき点についてお話を伺いました。
王道FIREにこだわらなくていい理由
――アメリカで話題となった「FIRE」が今、日本で注目を集めている理由を山崎さんはどのように分析されていますか?
一つは若者たちが「死ぬまで働かされるのは嫌だ」と感じていることが背景にあると思います。そして「老後2000万円問題」も、今回のブームに大きな影響を与えているのではないでしょうか。
以前からわかっていたことではありますが、この問題が指摘されるようになり「年金以外にも備えがなければ楽しい老後は送れない」ということがある意味はっきりしました。
人生100年時代、老後の安心は自分で作らないといけないという意識が一般的になってきたなかで"さらに早く経済的安定を実現できれば、引退年齢だって自分で決められますよ"という提案がFIREです。2000万円問題による気づきがあったからこそ、多くの人にとってFIREという考え方が受け入れやすかったのだと思います。
――そんな中で山崎さんは「FIRE」ではなく「日本版FIRE」を提唱されています。アメリカと日本では目指すべきFIREの在り方が違うということですか?
「25年分の生活費を貯めて4%の利率で運用していけば1円もお金は減らないままずっと暮らしていける」というのがアメリカのFIREの基本的なロジックです。しかし、私はこれにこだわらない方がいいんじゃないかと考えています。
まず、40歳代でのFIREを本気でやろうとするとすごく大変です。1000万円を稼ぐ覚悟を持ち、その7割を貯めて月15万円程度で暮らし続ける、さらに投資をする、ミニマリスト的な生活になり、友人との交際も最小限になる……。FIREはアメリカの大量消費社会に警鐘をならす価値観でもありますし、そういう生活が苦でないという人は問題ありませんが、かなりストイックな生活を追求することになります。
それから、日本には実は働くことが嫌いじゃない人が結構います。働きがいってやっぱり人生の楽しみの一つだと思いますし、仕事を辞めたことで社会とのつながりが減り、幸せを感じられなくなる人もいるかもしれません。
また、アメリカとは異なる株価の動きや税制優遇口座、社会保障制度、特に公的年金の仕組みをおさえていく必要があります。
これらの点を踏まえると、僕はアメリカのFIREが提唱するような40代のリタイアにこだわる必要はないと思います。
「1億円で4%ルール」の脆弱性と年金・退職金の価値
――40代でのリタイアにこだわる必要がない理由はほかにもありますか?
40代でのリタイアは、公的年金や退職金の額に大きな影響を与えます。
アメリカのFIRE本を見ると、25年分の生活費1億円を貯めて4%の利率で運用していけば資産を減らさずに暮らしていけるのだから、公的年金なんて考える必要がないという風に割り切っているようにも感じられます。
しかし、例えば2000年に1億円を貯めてFIREした人が順調に運用を続けて2020年に1億円を残せていたかというと、実は残せていません。これはなぜかというと、ITバブルやリーマンショックで運用利益がマイナスになる年が続いたからです。だからFIREの基本である「4%ルール」って意外と危ない。一生涯もらい続けられる公的年金収入はあったほうがいいわけなんです。
標準的なモデルのように、65歳になったら夫婦2人で月に20万円ほどの年金がもらえるというのは、すごく助かるわけです。でもそれが、40代でリタイアして厚生年金から抜けたことで年間60万円くらい減ってしまうと老後の予定が狂いますよね。
その点、例えば55歳以上のリタイアであれば公的年金や退職金への影響が軽微で済みます。退職金とiDeCoで老後費用2000万円を確保し、NISAで目の前10年の生活費として4000万円(400万円×10年)を作っておくというのは、けっして難しいことではありません。資産管理さえしっかりやっておけば、1億円がなくても、経済の動きによるマイナスの影響を受けることなく、安定した50歳代FIREが見込めるのです。