禁門の変で武装し馬に乗り長州を攻める慶喜(草なぎ剛)が圧倒的な貫禄だった大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第17回「篤太夫、涙の帰京」(脚本:大森美香 演出:田中健二)。第15回で“篤太夫”という名前になった栄一(吉沢亮)。それに合わせて、サブタイトルが「栄一、◯◯する」から「篤太夫、◯◯する」に変わっている。
「篤太夫、涙の帰京」の「涙」には様々な涙があった。ひとつは哀しみの涙。篤太夫の名付け親であり、栄一の恩人・平岡円四郎(堤真一)が水戸の過激な攘夷派に殺された(第16回)。それを篤太夫が知るのは円四郎の死後、半月後と遅い。それまでは何も知らずに希望に満ちていた篤太夫。一橋家のために集めた人々を連れて意気揚々と江戸に戻ると、円四郎の妻・やす(木村佳乃)に贈る見舞いの品の数々を見る。品の意味を知ったときの篤太夫と成一郎(喜作:高良健吾)は大きく表情を変える。
大きな後ろ盾を亡くした篤太夫の哀しみは深い。だが、この回、描かれるもうひとつの涙は意外にもうれし涙だった。終盤、篤太夫たちが一橋家のために集まった兵を連れて京に向かう道中、岡部藩代官・利根吉春(酒向芳)が篤太夫を止める。だが、同行している一橋家臣・猪飼勝三郎(遠山俊也)が「一橋家としてはとうてい承服しかねることゆえ、お断り致す」と毅然と跳ね返す。
一橋の家臣とあれば利根はなにも言えない。そのまま道を譲る。かつて栄一時代、高額の御用金を払わされ、話も聞いてもらえず、涙を飲んだ利根への遺恨(第4回)が回り回って晴れたのである。あの頃の栄一の「承服できねえ」は叶わなかったが、今度は利根の横暴を「承服しかねる」と突っぱねることができた。この胸のすくような展開にSNSは沸いた。
すべて円四郎のおかげと、うれしくも哀しみ深い涙を流す篤太夫。円四郎が栄一たちを召し抱えなかったら、今頃、栄一たちは攘夷活動で死んでしまっていたかもしれない。よって平岡円四郎は『青天を衝け』における「生」の象徴だったと解釈できる。円四郎の人生の選択には「死」はなかった。
篤太夫が円四郎から託されたやすへの伝言「おかしろくもねえときは掛け軸の鳥にでも話しかけろ」を聞いたやすは、掛け軸の裏にある手紙を見つける。以前、円四郎がそっと掛け軸に何かを入れていたので遺書か何かかと思ったのだが、手紙の中身は、湿っぽさは1ミリもなく、当人、死ぬ気などなく、慶喜(草なぎ剛)に夢中の気持ちを書いている。劇中、「この手紙を読んだ時は私はもうこの世にいない」みたいな文面が出てくることは物語あるあるだが、円四郎の手紙は、まだまだ生きる気持ちを熱くしたためたものだった。ある種のやすへのラブレター(でも慶喜へののろけでもある)を書いていたことがよけいに哀しみを募らせる。
やすが見る幻の円四郎は光り輝いていた。そして、死んでもなお、一橋家のための兵を連れて京に向かう篤太夫の旅を助けた。慶喜は「円四郎は私の身代わりとなったのだ」と惜しむ。