知識がないと根拠なき迷信に振り回されるものとはいえ、困ったときに何かにすがりたくなることも否定はできない。そこが人間の弱さである。この頃、疫病が流行していたという紹介の場面で、アマビエが出てきた。コロナ禍流行ったアマビエ。江戸時代後期のかわら版に登場していることからの登場と考えられる。アマビエだって効果に根拠はないが、わらにもすがりたい我々はついついアマビエグッズを買ってしまったりする(なんとなくかわいいし)。そんな批評性も感じられる一場面であった。
さらに、大地震に津波と、まるで現代はこの時代をリフレインしているかのようではないか。自然災害、疫病、迷信……。こんなときこそ、正しい知識が必要だと栄一は体現しているのではないだろうか。子どもたちや若い世代が、学びの必要性や、フェイクを見破る知性をもつといい。『青天を衝け』はそんな願いがこもったドラマに見えてくる。
一方、徳川家。こちらにも外国人による日本の支配を心配している者もいる。徳川斉昭(竹中直人)である。彼の場合は極端過ぎるのだが、それをうまく諌めていたのが藤田東湖(渡辺いっけい)。斉昭のみならず、息子のと慶喜(草なぎ剛)にも父のいいところを話して聞かせ、仲を保とうとする。平岡円四郎(堤真一)は「諌臣とはお前のおとっつぁんのことをいうんだろうなあ」と東湖の息子に感心しながら語りかける(でも息子は「は?」という反応)。藤田東湖は優れた学者で、西郷隆盛にも影響を与えた。大河ドラマ『西郷どん』には出てこなかったが、『青天を衝け』では、薩摩の西郷吉之助に橋本左内が東湖に夷狄について尋ねに来ていたと語られていた。
そんな東湖が、安政の大地震で亡くなってしまう。生前、東湖は、地震による津波で困っている外国人を助ける必要などないと言う斉昭を「誰しもかけがえのない者を天災で失うのは耐えがたいこと」だと諭していた。それが地震で、斉昭にとっての「かけがえのない」東湖が亡くなる悲劇。「東湖!東湖!東湖!」と涙ながらにすがりつく斉昭が可哀そうだった。
ドラマでは描かれなかったが東湖は母親を助けようとして亡くなったそうである。かけがえのない者を守ろうとして命を落とし、かけがえのない者をなくす哀しみを、身を以て知らせた東湖。尊敬すべき知識人であった。
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