• 八木里美ディレクター

八木Dが「一番感情移入しました」と印象に残る場面は、埼玉に転居することになり、二本松で仲良くなった親友・佐藤萌祐(もゆ)さんとの別れのシーンだ。

「あの年代の被災した福島の少女たちのすべてを表していると思いました。“引き裂かれる”というのがどういうものなのかが視覚化されるという意味で、あのシーンはすごく大事に編集しました」

新幹線で出発するのを見送られるのではなく、普段の帰り道での別れは、自分たちのタイミングで区切りをつけなければならないつらさがあるはずだ。ここでも彼女は涙を見せておらず、「そこが成長した面でもあるし、お互い涙の別れにはしたくなかったんじゃないかなという絆を感じました」と振り返った。

来年には就職を控える絵理奈さんだが、埼玉に残るのか、小高か福島に帰るのか、まだ決めかねている。

「(一緒に暮らす)母親の近くにいたいという思いもあるんですけど、不思議とどうしても福島に吸い寄せられている感じに見えます。地元の周りの子たちも、『小高に帰りたい』と言っている人がいるらしいんです」と、将来的に多くの若い世代が戻ってくる期待もある。さらに、もともと小高にはゆかりのない移住者も増えているそうで、元のコミュニティーが再構築できない現実はあるものの、新しいコミュニティーが形成されつつあるようだ。

■あの震災を“感情”で思い出してほしい

14日放送の後編では、全校児童の7割が津波によって犠牲になった大川小学校で奇跡的に助かった“てっちゃん”こと只野哲也さん(21)の10年を追っていく。

「長嶋なぎさディレクターが、震災直後から今に至るまで折に触れて取材を続けてきて、10年で子供が大人になる過程というのを含めて、時の流れを感じられると思います。また、彼があの出来事について取材を受け続け、シンボルのような存在になったんですが、そんな中で『もう取材は一区切りつけていただけると…』と言うんです。その経緯を、彼と一緒にドライブして過去を振り返りながら、少しずつひも解いていく内容になっています」

  • 大川小学校の津波で奇跡的に助かった只野哲也さん (C)フジテレビ

故郷を追われて大切な人たちとの別れを繰り返してきた絵理奈さんと、多くの仲間と最愛の母・妹・祖父を失った哲也さん。10代から20代という人間が大きく成長する10年を見つめながら、それぞれの側面から震災について考えさせられる内容になっている。

「私たちも何年かごとに震災のVTRを編集しているんですけど、津波の映像とかではなく、あのとき自分がどういう気持ちだったのかという“感覚的”なものを、1年くらい経つと結構忘れているんです。そうすると、視聴者の皆さんはもっと覚えていないのではないかと思うので、家族や友人を失くすということでの震災とは何か、原発事故が何をもたらしたのかということを、“感情”で思い出していただければと思います」

●八木里美
1977年生まれ、東京都出身。学習院大学卒業後、青森朝日放送でニュースキャスター・記者・ディレクターとして取材現場に従事し、テレビ朝日『スーパーJチャンネル』を経て、04年にバンエイト入社。フジテレビ報道局で『スーパーニュース』を担当し、11年からは制作部でドキュメンタリー番組などを制作。『ザ・ノンフィクション』では、『愛はみえる~全盲夫婦の“たからもの”~』『わ・す・れ・な・い 明日に向かって~運命の少年~』『私、生きてもいいですか ~心臓移植を待つ夫婦の1000日~』などを担当し、11年間にわたって取材した『熱血和尚』シリーズでは、「第36回ATP賞」グランプリ、「2020年日本民間放送連盟賞」テレビ教養番組部門・最優秀賞、「第57回ギャラクシー賞」奨励賞、「ニューヨークフェスティバル2020」ドキュメンタリー宗教/哲学部門・銀賞&国連グローバルコミュニケーション賞・銅賞と、国内外で数々の賞を受賞した。現在はほかにも、『フューチャーランナーズ~17の未来~』(フジ)で総合演出を務める。