ソニー・ミュージックエンタテインメントが、人気の音楽ユニット・YOASOBIのデビュー曲『夜に駆ける』の原作小説を、ソニー独自の立体音響技術を駆使して“耳で観る”オーディオドラマとして作品化。1月27日から各音楽配信サイトおよびストリーミングサービスで配信中です。主演声優の伊東健人さんも、あまりの迫力に「こりゃもう映画だ……!」と思わずうなってしまったという、没入感あふれるオーディオドラマが制作された舞台の裏側を紹介します。

  • 立体オーディオドラマ『夜に駆ける』制作秘話

    楽曲『夜に駆ける』がヒットしたYOASOBI。その原作小説が“耳で観る”オーディオドラマになった
    (C)Sony Music Entertainment (Japan) Inc.

今回はオーディオドラマ『夜に駆ける』のエグゼクティブプロデューサーであるソニー・ミュージックエンタテインメントの髙山展明氏と、ソニーPCLで音響エンジニアリングとデザインを指揮した喜多真一氏、そして、効果的な声優陣の演技や各サウンドを演出したディレクターの中村貴一朗氏に制作秘話を聞きました。

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    左からソニーPCL クリエイティブ部門 コンテンツクリエイション部 ビジュアルコンテンツ課の中村貴一朗氏、同社の技術部門 制作技術部 テクニカルプロダクション1課 サウンドエンジニア/デザイナー/サウンドスーパーバイザーの喜多真一氏

  • 立体オーディオドラマ『夜に駆ける』制作秘話

    左からソニー・ミュージックエンタテインメントの髙山展明氏、ソニー R&Dセンター Tokyo Laboratory 20 統括課長の沖本越氏。両名はオンラインでインタビュー取材に参加した

オーディオドラマ『夜に駆ける』のあらすじ

  • 立体オーディオドラマ『夜に駆ける』制作秘話

    (C)Sony Music Entertainment (Japan) Inc.

ブラック企業に勤め日々鬱々とした生活を送る主人公「僕」。ある日自宅マンションの屋上へと向かうと、フェンスを越えた屋上の淵に立つ「彼女」を見つける。「僕」は「彼女」に声をかけ、自殺を食い止めたことをきっかけに仲を深めていく。

一方、会社では「課長」による叱責や信頼する「先輩」からの裏切りを経て荒んでいく「僕」の心。その後も幾度も屋上へと向かってしまう「彼女」が口にする「死神」の存在。「彼女」が見つめる「死神」への嫉妬心を抱く「僕」。居場所のない会社と幾度も死へと足を踏み出そうとする「彼女」との関係に疲れ、「僕」の心が限界を迎えたとき、物語は加速する。

  • 立体オーディオドラマ『夜に駆ける』制作秘話

    小説投稿サイト「monogatary.com」に投稿された短編小説『タナトスの誘惑』。YOASOBI『夜に駆ける』の原作でもある小説をベースに、原作では描かれなかったエピソードも加えて、新たにオーディオドラマとしてリリースされた
    (C)Sony Music Entertainment (Japan) Inc.

出演

  • 僕:伊東健人(『ヒプノシスマイク』観音坂独歩役など)
  • 彼女:楠木ともり(『ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』優木せつ菜役など)
  • 先輩:細谷佳正(『進撃の巨人』ライナー・ブラウン役など)
    ※オーディオドラマオリジナルキャラクター
  • 課長:木村昴(『ドラえもん』ジャイアン/剛田武役など)
    ※オーディオドラマオリジナルキャラクター

制作

  • 原作:星野舞夜『タナトスの誘惑』『夜に溶ける』(小説)
  • 脚本:静森夕
  • 企画制作:ソニー・ミュージックエンタテインメント
  • 音響設計/収録:ソニーPCL

配信先

普通のステレオヘッドホン・イヤホンで楽しむ立体サウンド

オーディオドラマ『夜に駆ける』は、ソニーが2019年に発表した独自の音楽体験「360 Reality Audio」で使われる立体音響技術を土台に制作されています。その特徴は、スマートフォンと一般的なステレオヘッドホン・イヤホン(有線/無線のどちらでも)を使い、360度全方向から包まれるように聞こえてくるリアルなサラウンド音声で描かれるストーリーに没入できることです。

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    オーディオドラマ『夜に駆ける』は、一般的なステレオヘッドホン・イヤホンを使って立体サウンドで楽しめる

同作はmoraやレコチョクなどの音楽ダウンロードサイトから“買い切り”の作品として購入できるほか、Amazon Music、Apple Music、Spotifyなど定額制で“聴き放題”の音楽配信サービスでも配信中。さまざまなスマホ/タブレットやPCでアプリを立ち上げ、ヘッドホンやイヤホンで楽しめます。技術の仕組みについては、インタビューに同席したソニー R&Dセンターの沖本氏が次のように説明しています。

「360 Reality Audioの場合は、ユーザーの360度・全天球に広がる音場空間に音源をオブジェクトとして配置した後に、オブジェクトデータを持ったままの状態で配信される音源を、専用のデコーダーを搭載したアプリやハードウェアにより再生すると立体感あふれるサウンドが楽しめます。オーディオドラマ『夜に駆ける』の場合、多くの方々が自分のヘッドホン・イヤホンを使って立体感が得られるよう、立体配置したオブジェクトデータをバイノーラル2chに書き出してから配信しているところが大きく違います」(沖本氏)

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    ヘッドホンで通常の音源を聴く場合(左)とは異なった体験を、ソニー独自の立体音響技術で実現する(右)

360度に広がる音空間。「僕」の耳を借りて飛び込む

オーディオドラマ『夜に駆ける』は、ソニーPCLが2019年12月に東京・目黒に開設した「イマーシブサウンドスタジオ」で制作され、ダウンロード・ストリーミングの両形式で一般向けに配信される初めてのサウンドコンテンツです。通常の音楽コンテンツや映像が付くドラマの制作に比べると色々と勝手が違うところがあり、発見も多かったと髙山氏は振り返ります。

「立体音響技術が持つオーディオドラマに利する効果は、音が動く聴感的な面白さとリアルな空間再現だと理解しています。しかし今回は主観的に進行する人間ドラマを描きたかったので、聴感的な面白さよりも、音の移動も要素の一つとして描くリアルな空間再現のほうに重きを置いて、自然な没入感を引き出すことを意識しています」(髙山氏)

  • 立体オーディオドラマ『夜に駆ける』制作秘話

    360 Reality Audioは立体的な音響空間の中に複数の音源を“オブジェクト”として配置して、リアルなサラウンド感を再現する。オーディオドラマ『夜に駆ける』は、360 Reality Audioで使われる立体音響技術を用いて制作された

ヘッドホン・イヤホンを装着してコンテンツを再生すると、主人公「僕」の目線ならぬ「耳・聴覚」を借りて、オーディオドラマ『夜に駆ける』の舞台に飛び込めます。バーチャルな空間にキャラクターの一人称視点で入り込んでプレイする、FPS(ファーストパーソン・シューティング)ゲームの感覚に似ているかもしれません。まわりのキャラクターに話しかけられたり、リアルな効果音に囲まれたりしながら、ドラマの主人公と同じ舞台に漂う空気感を共有できることが、本作の大きな醍醐味のひとつです。

「シナリオをつくる段階では、場面と物語の両方を“耳で聞く音”だけで再現することを踏まえて、リスナーが状況を理解するために必要とする負担をなるべく減らしながら、物語に集中できるように音の要素を構成しました」(髙山氏)

喜多氏は「主人公の主観的な目線を活かす」という設定を受けて、ソニーの360度に展開する立体音響技術を使って実現できるサウンドデザインを構築していきました。

「音を聴いた方々が、作品の舞台をすぐにビジュアル化して思い浮かべられるようにするという認識を監督の中村氏とも共有しながら、例えば環境音はどの方向から、どれぐらいの距離がある状態で聞こえてくるのかなど、細かく設定を追い込んでいます」(喜多氏)

  • 立体オーディオドラマ『夜に駆ける』制作秘話

    主人公「僕」が暮らしている日常の空間を制作陣で共有できるように、オフィス、自宅、ビルの屋上など物語のメインになるシーンを図に起こしてから、細かなサウンドの設定を詰めた

  • 立体オーディオドラマ『夜に駆ける』制作秘話

    「僕」のオフィスでのデスク配置のイメージ

キャストへの演出指導も映像付きのドラマとかなり勝手が違っていた、と中村氏は振り返ります。オーディオオンリーのドラマだったとしても、制作段階で演出イメージを全員で共有するためには、やはりビジュアル化された叩き台のようなものを必要としたからです。

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    ドラマの冒頭などで印象的に使われた、ビルの屋上のイメージ

「例えば『僕』が暮らしている部屋の間取りは髙山氏、喜多氏と何度も議論を重ねながら図に起こしました。一人暮らしの住まいだったら、テーブルを置いている場所からキッチンまで何歩で移動できる広さなのか、設定を決めてから音による『間』を計算して演出に活かしています。私たち3人の間でも、主人公の『僕』のように就職したての青年の暮らしぶりを思い描くイメージがだいぶ異なっていたので、実際の映像を収録するドラマよりも、舞台設定にはていねいに時間をかけました」(中村氏)

静森夕氏が担当した脚本には、役者の動作などのほか、環境音に絡むト書き(編注:キャラクターのセリフ以外の動作や行動、音楽・効果などの指示)が細かく指定されていたとのこと。それを元に、髙山氏が簡単なサウンドマップを作成して、ソニーPCLのサウンドエンジニアリングチームが細部まで練り上げたそうです。

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    「僕」の自宅の見取り図

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    オーディオドラマならではの演出を振り返りながら語る中村氏