Dynabookの2020年秋冬モデルには、5in1の使い方を提案する13.3型5in1プレミアムPenノートPC「dynabook V」シリーズをはじめ、個性豊かなラインナップがそろいました。新製品は、どのような経緯で開発されたのでしょう。その背景について、設計や商品企画に携わった4名に話を聞きました。
コロナ禍の影響について
―― はじめにPC市場の大枠についてお聞きします。新型コロナウイルス感染症の広がりは、業績にどのように影響しましたか。
中村氏:もともとWindows 7のEOS(Windows 7の延長サポート終了)で「PC市場は厳しくなるのでは」との予想があったのですが、皮肉なことにコロナ禍が1つのきっかけになり、2020年1月~2月からコロナ禍による在宅ワークが一気に広がりました。企業のお客さまから「リモートワークをするので、とにかく早くPCを持ってきて欲しい」というご要望が相次ぎました。また、教育関係では文部科学省のGIGAスクール構想があり、アメリカやヨーロッパでもエデュケーションが非常に伸び、PC全体としては大きな需要がありました。
中村氏:うれしい反面、手放しには喜べません。コロナ禍の影響で我々の工場も、2020年に一時閉鎖しました。工場の再開後もコロナ禍の影響は続き、部品ベンダーさんがパーツを供給できず、受注はあっても作れない状況に陥りました。特定の部品というわけではなく、日々、足りないパーツがどんどん変わり、対応に苦労しました。一部のお客さまにはご要望にお応えできす、ご迷惑をおかけしてしまったことは、我々の反省するところです。
人の移動が制限されるなか、弊社の中国工場も閉鎖になったり、もちろん開発・製造拠点のある海外にも行けなくなり、一時はどうなることだろうと不安にになりましたが、何とか今回の2020年秋冬モデルを発表できました。Intel EVOプラットフォーム(*)に対応できたことは非常に誇らしく思っております。
*:Intel EVOプラットフォーム
ハードウェアスペックや使い勝手(レスポンスの高速性やバッテリ駆動時間など)についてインテルが要件を定めたもの。「EVO」を満たしたPCにはロゴシールが貼られる。一定以上のユーザー体験が得られると考えてよい。
―― その後、サプライチェーンは回復しましたか。
最悪の時期からは回復しましたが、まだまだ予断を許さない状況です。
Intel EVOプラットフォームに対応したdynabook Vシリーズ、構想はいつごろから?
―― 今回のdynabook Vシリーズは、Intel EVOプラットフォームの認証モデルになりました。
島本氏:はい、EVOの厳しい規格に準拠できました。インテルは2011年ごろに薄型軽量PCの「ウルトラブック」を提唱して、これは定められた基準を満たすことで名乗れました。しかしEVOは、インテルの試験をパスする必要があります。
古賀氏:EVOはインテルの認証というだけではなく、最初の設計段階から一緒に取り組んできました。dynabook Vシリーズを開発するとき、インテルの責任者と話をして、どんな風に仕上げていくかの議論を始めました。ちょうどdynabook PCの筐体を切り替えるタイミングでもあり、CPUのTiger Lake(第11世代Intel Coreプロセッサ)の性能が非常に高く、グラフィックも強化する、という話も聞き、次のdynabook VシリーズはEVOでやっていこうと。
古賀氏:Dynabookがシャープの傘下に入ったときに、B2B領域だけではなくB2C領域も強化していこうという、大きな方針も影響しました。例えば、いまPC市場の大きな流れになっているゲーミングも取り入れていくといった部分です。
ただゲーミングにはすでに多くの製品が存在していますから、我々が勝負できるところを考えました。Tiger Lakeはグラフィック性能が高く、そのコンセプトと我々がやりたいことがマッチしたというのが、まずdynabook Vの考え方でしたね。
古賀氏:商品企画として仕上げるなかで、営業の担当から「これ面白いからラインナップ増やしてみては?」という提案もありました。13.3型に続くのは14型か15.6型かというところで、国内市場では15.6型のバリューが大きく、15.6型(dynabook F)に決めました。
―― Intel EVOプラットフォームというのは、Tiger Lakeに合わせてインテルが設計したものなんですか?
古賀氏:インテルはノートPCの薄型化や高性能化をスタンダードな流れにするため、かつてウルトラブックを打ち出しました。現在はハイスペックな薄型ノートPCが当たり前になり、次の段階はハードウェア+UI。それがIce Lake世代(第10世代Coreプロセッサ)の「Project Athena」ですね。
Project Athenaはあくまでインテルのプロジェクトネームなので、外部にも伝わるよう、EVOブランドが立ち上がりました。EVOがTiger Lake向けかと言われるとイエスですが、もともとインテルとしてはProject Athenaという形でパソコンに何か変革を求めようとしていました。その流れでProject Athenaの第2世代がEVOでもあります。
島本氏:dynabookの初代ウルトラブックを設計したのは古賀です。インテルがウルトラブックを打ち出したとき、我々が構想していた製品がウルトラブックの理念に100%合いました。EVOのポジショニングは、ちょっと上のハイブランド。この流れが今後も続いて欲しいと思っております。
―― EVOプラットフォームの認証で苦労した点はどこでしょう。
島本氏:認証の部分でしょうか。ウルトラブックなら、おおまかに言って厚さ何mmといった基準をクリアできればよかったんですが、EVOには様々な性能の判断基準があります。ネットワークの安定度や、さらに音やマイク性能などの項目もあって、もう語りだしたら止まらないくらいです。
国内の開発で計測したデータと、海外の試験機関で計測したデータがまったく合わないということもあり、大変苦労しました。
―― dynabook Vの設計で辛かったのはどのあたりですか。
島本氏:サウンド面ですね。CortanaとAlexaといったAIアシスタントの音声認識機能精度と応答速度を高めないといけませんでした。これはネットワークを介した試験なので、苦労した部分です。
古賀氏:単純にベンチマークをして、前の機種に比べてこれだけ性能が上がった、ということならラクですが、そうではないんですね。
島本氏:EVOプラットフォームにチャレンジする日系企業は我々が初めてだったので、日本語の音声認識に苦労しました。コロナ禍で人が移動できなかったのも大変でしたね。何かあれば担当者が現地に出張して解決案を模索していくということができず、非常に時間のかかるプロセスとなってしまいました。
―― 熱設計に関しては、いかがですか。
島本氏:ダブルファンになりました。今回は熱設計電力(TDP:Thermal Design Power)が28Wということが決まっていました。空気を吸い込むのが2カ所、吐き出すのが2カ所ということで、設計目標としては高いものです。何とかdynabookの基準を満たすことができました。
古賀氏:28WでないとEVOをパスできないということではないのですが、15WのTDPで薄く設計すると、Core i7しか選べなくなります。dynabook VシリーズはCore i5とCore i7を採用しています。
いまこそ2in1、そして5in1
―― dynabookの新モデル発表会では、2in1 PCのよさが市場に伝わってない、という話がありました。
古賀氏:コロナ禍で在宅勤務する人が増えたことで、PCの利用シーンも増えています。その新しい暮らしをより便利に、快適にするためには、2in1 PCとPenとの組み合わせが最適だと考えました。これまでは会社にPCがあり、持ち帰った先てもメールチェックに使うくらいの人が大半だったと思います。リモート会議はまずやらなかった。
PCの主戦場はオフィスにあり、移動中はスマートフォンで済ませるような使い方が主流でした。しかし、テレワークでは「PCが主戦場」です。いまなら業務全般をPCに戻せるかも知れない――チャンスが来たなという思いです。
自宅でさまざまな用途に使うわけですから、エンターテインメントにも目を向けました。タッチ操作でどれだけのことができるか、PCのタブレットモードでやってみたいと思いました。ゲームをやってみたり、リアカメラをつけてみたり、というところです。
在宅勤務では、もちろん会議も家です。PCと一緒にペンを使って資料を説明したり会議をすると大変はかどります。また、私は商品企画という仕事上、社内の人間だけでなくいろいろな人たちと何時間も会議やミーティングをしていますが、長時間のヘッドホンは疲れます。
そこで音がいいPCを提供したかったんです。PCから少し離れていてもきちんと声が聞こえるように、こちらの声がきちんと伝わるように。そういう新たな可能性を開拓していき、多様性に応えられるPCとして、5in1のdynabook Vを開発しました。
―― オールラウンダーなdynabook Vになったわけですね。
古賀氏:基本、欲張りなので(笑)。軽さも頑丈さも重要ですし、ゲームができるのも、音がいいのも重要です。それが1台にまとまっていると、ユーザーは迷いません。このPCがあれば困りませんよ、というモデルを作りたかったんです。
―― 15.6型のdynabook Fシリーズも同じですか?
古賀氏:dynabook Vはパーソナル、dynabook Fはどちらかというとファミリーで使っていただけるような開発をしています。例えば、コロナ禍で実家に帰れなくなった人は大勢いますよね。家族でビデオチャットするとき、みんなで使える大画面のPCが便利です。祖父母とビデオチャットするようなときに使えるオールラウンダーのファミリーPCとして、15.6型のdynabook Fシリーズを開発しています。
島本氏:数年前は2in1 PCがたくさんありましたが、いまは少しトーンダウンしています。5in1のdynabook V・Fはエンタメ系の機能も盛り込んでいるので、また違った使い方ということで、需要が戻ってきて欲しいですね。
―― デタッチャブル(分離タイプ)よりはコンバーチブル(回転液晶)ですか?
古賀氏:デタッチャブルはマザーボードを液晶(タブレット側)に搭載する必要がありますが、最も熱に厳しいパーツは液晶です。液晶側に(熱を持つ)大きなCPUは搭載しづらく、性能とトレードオフになってしまいます。また、重心が上部だとアンバランスですし、全体的にも重くなります。コンバーチブルのほうが軽くしやすく、我々として1kgを切る軽さを目指しており、デタッチャブルではなくコンバーチブルを選択しました。