大会会場は、変化を余儀なくされた
一方で、「受けた打撃も想像以上だった」と古澤氏は言う。現在のeスポーツ大会の多くが同時配信されるとはいえ、メインストリームはあくまで会場での観戦だ。
プロ同士が激戦を繰り広げる様子を見ながら、ファンはお気に入りのプレイヤーを全力で応援。会場には歓声が飛び交い、試合後はドリンクを片手にファン同士が交流する。こうした熱気こそが、eスポーツファンの最大の楽しみであった。
しかし、緊急事態宣言の発令により、会場に人が集まる形での大会・イベントは中止・延期が相次いだ。会場にプレイヤーがいても、観客はいない。
チケットが大きな収入源である会場運営者の受けたダメージは、かなりのものだろう。eスポーツ大会の会場としても利用される秋葉原の「e-sports SQUARE AKIHABARA」も例外ではない。運営を担う疋田氏は語る。
「e-sports SQUARE AKIHABARAは、日本初のeスポーツ専用施設です。観客を集める大会や一般プレイヤー同士の対戦会、製品の会見発表など、さまざまなイベントを催していますが、これらの価値は会場でのリアルな体験です。当施設で予定されていたイベントは、新型コロナウイルスの影響を受けてすべてキャンセル。その後、無観客で実施したイベントもありましたが、例年と比べると、数は約9割減りました。eスポーツの場合、ほとんどのイベントがゲームメーカーの許諾を必要とするので、集客イベントは緊急事態宣言解除後でも他業界と比べて開催のハードルが高いと感じています。現在は先が見えない状況ですね」
このような状況下で、e-sports SQUARE AKIHABARAでは、映像を配信するハブとしての運営がメインになりつつあるという。プレイヤーは自宅など別の場所でゲームをし、MCや技術スタッフだけがe-sports SQUARE AKIHABARAで配信業務にあたるという形式だ。機材、電源、回線など、膨大な設備を抱えている大会会場でしかできないことを、感染予防のために最小限のスタッフが担う。
しかし、大会の様子をそのまま配信するだけでは、従来のファンに対してオフラインのような体験価値を提供することは難しい。「オンラインの付加価値を高めていくことが課題」だと、2人の見解は一致している。古澤氏の戦略を聞いた。
「オフライン大会の醍醐味のひとつは、選手やチームの喜怒哀楽を肌で感じられること。なので、オンライン化したプロリーグの配信では、彼らの声や表情を少しでもリアルに届けることを意識しました。例えば試合前後のインタビューは、Zoomを活用することで複数選手とインタビュアーをつなぎ、オンラインで忠実に再現しています」(古澤氏)
選手が自宅から参戦する大会の配信動画を見ると、選手の前に設置されたカメラがとらえる真剣な表情から、ゲーム中の緊張感が伝わってくる。カメラが映すのは、選手の表情やハイクオリティなゲーミング機器をそろえるデスクだが、その背後には庶民的な部屋が広がる。本や家具、フィギュアなど、それぞれの趣味嗜好にも、ついつい目がいってしまう。
「普段は見られない選手のプライベートを垣間見られることは、ファンにとっても新たな喜びにつながったと思います。世界大会のインタビュー中に、選手の母親が部屋に入ってくるハプニングも起こりましたが、必死でカメラを手で覆うトップ選手の慌てた表情も、会場では見られない産物なんですよ(笑)」(古澤氏)
さらにRIZeSTは、選手のさまざまな表情をファンへ届けるべく、自社でオリジナルのコンテンツ制作・配信を始めた。そのひとつ「RIZeSTV」は、大会で活躍するチームや個人を毎週ゲストとして招き、ファンに向けてライブ配信で届ける番組だ。
特筆すべきは、ゲームのプレイやその解説だけでなく、トークや専門外のゲームで遊ぶコーナーが多く盛り込まれていること。まるでスポーツ選手がプライベートを見せるバラエティ番組のような構造になっている。なかには、チームメンバーが得意のものまねに挑戦するなど、大会時の真剣な眼差しとは180度異なる「素顔」を楽しめるのだ。古澤氏はこの企画をどのように設計しているのか。
「わざとゲーム一点張りにならないようにしているんです。台本は一応作るのですが、本番ではどんどん予期せぬ展開が生まれます。その結果、PVは徐々に上がっており、チャットには膨大な量のコメントが寄せられました。ファンは選手を見ているのだと、改めて感じましたね」(古澤氏)
「RIZeSTV」の配信も、e-sports SQUARE AKIHABARAがバックで支えている。
「会場が湧き上がるオフラインとは違い、オンラインではイベントに抑揚がつきにくいんです。そこで、テレビのバラエティ番組のように、スタッフの笑い声や拍手を取り入れるといった工夫をしています。私たちが視聴者の1人として楽しむことでカジュアルな雰囲気を生み出せれば、ファンも新鮮な感覚で楽しめるのではないかと考えました」(疋田氏)
疋田氏は、現場の様子を楽しげに伝えてくれた。