インドネシアにも移植
--:移植の対象は日本国内の地方都市だけでしょうか。
豊崎:海外への移植も並行して取り組んでいます。具体的にはインドネシアへの移植を進めています。
移植する仕組みはジャパン・ブランドの「益田モデル」です。しかし、インドネシアのような新興国では、スマートシティに対する要求がかなり異なります。最大の関心事はクリーンテックです。具体的には、太陽光発電などの再生可能エネルギーを中心としたマイクログリッドを構築し、電気自動車(EV)を導入する仕組みを求めています。
インドネシアは新興国であり、日本に比べると生活水準が低い街がほとんどですが、観光地は世界水準にあり、かなり裕福なリゾート都市が少なくありません。そうした都市に住む富裕層は、世界でも最先端クラスにある日本クオリティの医療を受けたいという希望があります。従って、益田市で完成した遠隔医療診断やヘルスケアの仕組みを移植することに高い期待を持っています。
さらにインドネシアは、地震や津波、水害などの自然災害が多い場所です。激しい雨が降れば、すぐに浸水や冠水に至る。このため益田市で利用している水位計の仕組みを移植できるでしょう。
恐らく、インドネシアはクリーンテックを軸に益田モデルを組み合わせるという図式になると思います。こうした図式は、なかなか日本の都市では実行できません。このためインドネシアは、日本における益田市と同様に、クリーンテック+ヘルスケア+防災を組み合わせたスマートシティの新しいテストベッドになると捉えています。
--:LPWAやセンサーなど、現時点では最適な技術ですが、時間が経てばいずれも廃れてしまいます。インフラを支える技術の移行について、どのように考えていますか。
豊崎:LPWAに固執しているわけではありません。テクノロジは常に進化するもの。基本概念だけを共通項にして、通信方式を含めてテクノロジは「プラグイン」にして利用しようと考えています。
ただし最上位に位置するデータセンター、すなわちストレージ装置はそう大きく変化しないでしょう。このため通信網からストレージ装置へ、どのようなプロトコルで受け渡すのか。そのAPI(Application Programming Interface)だけはきちんと規定しておきます。
通信方式についてはその都度、最適なものを選ぶつもりです。そもそも益田市のスマートシティでLPWAを選択したのは、光ファイバ網がすでに敷設されていたからです。ほかの地域では、通信事業者の携帯電話ネットワークを使うことになる可能性が高いので、「NB-IoT(Narrow Band IoT)」や「LTE Cat.M1」などを選択することになるでしょう。さらに将来を見渡せば、BCPに注力した「IEEE802.15.4k」の採用も視野に入ってくると思います。
--:通信インフラは、どの程度の期間で更新していく考えですか。
豊崎:携帯電話ネットワークは3Gから4Gに移行し、現在は5Gの導入が始まっています。その更新期間(スパン)は約10年。だからスマートシティの通信インフラの更新も約10年スパンになるでしょう。10年後には新しいテクノロジを適用したインフラ装置に入れ替える可能性が高い。このためコストは最小限に抑えて、なるべく早く減価償却を終わらせたいと考えています。
以前、中国の大手通信機器メーカーの経営幹部が益田市の実証実験を視察に訪れ、我々が設置したLPWA採用の水位計を見て「通信機器として非常識だ」という感想を漏らしました。なぜならば、彼らの常識に照らし合わせると、水位計の取り付け方がとても貧弱だったからです。彼らが言うには「防災用途であれば、まずは鉄塔を建てて、その上に通信機器を置くべきだ」と。しかし、我々の方法でも十分な通信性能が確保できており、信頼性にも特に問題はない。通信機器として低コスト化が徹底されていたわけです。通信機器メーカーの常識から大きく外れていたため、彼らの目には脅威に映ったようです。
--:益田市におけるスマートシティの構築について、今後の抱負をお聞かせください。
豊崎:日本が世界に先行して突き進んでいる超高齢化社会。いずれ世界もこの課題に向き合うときがやってきます。さらに世界は、地球規模の気候変動による気象災害の増加という新しい課題にも対処しなければなりません。これらの課題に解決するサービスの中で、どのようなものがビジネスとして展開できるのか。それは本来であれば国レベルで考えるべき事柄です。しかし我々は、民間企業と地方自治体がタッグを組みことで課題を解決するサービスをビジネス化できることを証明しました。これを国家の未来戦略に組み込んでいただきたいと考えています。そして、益田市というテストベッドで生まれた仕組みを、日本の地方都市だけでなく、アジアなどの新興国にもプラットフォームとして展開して行きたいと思います。
益田市でのスマートシティ構築に多大なる支援をいただいた同市市長の山本浩章氏は、「益田は明治維新の火蓋が切られた街。大村益次郎が率いる長州軍が、最初に幕府軍をうち破った近代夜明けの街を、IoT夜明けの街にしたい」と語っています。今後は、地域の課題を解決しながら、国の未来に真剣貢献するという意気込みで、「課題解決型スマートシティ」の開発/構築に取り組んでいきます。