コスト削減が成功の必要十分条件
--:日本では様々な企業が、大都市に置いてスマートシティの開発や導入に取り組んでいます。益田市のスマートシティとの違いは何でしょうか。
豊崎:都市型のスマートシティは、資源やエネルギー、人手などの無駄を廃して、最適化や効率化を高めることで生産性を上げることが最大の目的です。しかし、益田市のような地方都市では、人口が減っていくと同時に高齢者の割合がどんどん高まっていきます。これはもう避けられません。そうなると、従来のように担当者を貼り付けて行政サービスを提供していけるのか。税収は減少していくので、正直なところ厳しいでしょう。
こうした条件の中で、住民の生活レベルを落とさないようにするにはどうすればいいのか。1つの解として、コンパクトシティの導入があります。住民を1カ所に移住させて、そこで大都市のようにして暮らしてもらうわけです。しかし実際には、今まで住んでいた土地を離れたくないという住民が少なくない。そこでもう1つの解になるのがスマートシティです。従来通り、住民には様々な場所に暮らしてもらい、デジタル・ネットワークを介して行政サービスを提供するわけです。
そもそも地方都市では投入できるリソースがどんどん少なくなっています。その中で生活レベルを維持するには、スマートシティの導入は必要不可欠だと思います。
--:地方都市におけるスマートシティは、そこには住む人たちの生活レベルを落とさないようにするための技術ということでしょうか。
豊崎:もちろん、生活レベルをこれまで以上に高めることが理想です。しかし、現実的には、生活レベルの維持や、生産性の維持が目標になるでしょう。
--:税金で支える事業になるということでしょうか。
豊崎:都市型のスマートシティに比べれば、税金を使うタイプの事業が多くなると思います。少なくとも、自治体が今までと同様の行政サービスを提供していくためには、国や自治体による一定の投資が必要でしょう。しかし、これまでの益田市での取り組みは、民間投資だけで十分に賄えています。現在、国土交通省との間で補助金や助成金に関する話し合いを進めていますが、現時点ではまだ資金提供は一切受けていません。
--:なぜ民間投資だけで運営できているのでしょうか。
豊崎:オムロン ヘルスケアなどから投資を受けているからです。なぜ、投資してもらえるのか。同社にとって益田市は、研究所の役割を果たしていることが最大の理由です。
益田市では、IoT機能付き血圧計を高齢者の配布し、その測定データを日々収集しています。実際に生活している高齢者の血圧データがリアルタイムで分かる。こうしたデータは、島根大学医学部で医学的な研究に活用するほか、オムロン ヘルスケアでは血圧計の新規開発や改良に利用できます。つまり、オムロン ヘルスケアは投資をしても、市民を対象とした研究費の中で回収できるわけです。
このほか、民間投資を受けると同時に、コストを最小限に抑える工夫も施しています。具体的には、通信コストについてです。通信事業者の携帯電話ネットワークを使って、血圧計で測定したデータを送信すると、通信事業者に利用料を支払わなければなりません。これが重い。
そこで、この利用料をタダにするためにLPWAを採用しました。しかも幸いなことに益田市はテレビ放送の難視聴地域に指定されているため、市内全域に光ファイバ網が敷設されています。これを利用したわけです。具体的には、公民館などに基地局を設置し、各家庭から基地局にLPWAを使って血圧の測定データを送ります。その後、光ファイバ網を利用してクラウド環境にデータを集めるわけです。すでに国が構築していた通信インフラをうまく活用し、通信の仕組みを安価に作ったわけです。
--:国のインフラ投資は必要不可欠ですか。
豊崎:やはりインフラの整備には多くのお金がかかります。このため防災やBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)対策の観点で、国から支援を受けつつインフラを整備していくことは必須になるでしょう。
しかし、インフラ整備後にそれを管理・維持していくのは益田市の仕事ではなく、民間企業の仕事になるはずです。そこで我々は、あくまで益田市の企業が中心となって特別目的会社(SPC:Special Purpose Company)などを設立し、インフラの維持や行政サービスの展開を担うべきだと考えています、その中で利用者からお金を集めることでマネタイズしていくわけです。もちろん大きな利益を上げることが目的ではなく、最低限の行政サービスを維持することが目的です。
これまで行政サービスは、市の職員が一手に引き受けてきました。しかし、そうした職員も高齢化し、退職していく。その一方で、新しい職員をなかなか採用してもらえない。益田氏は平成の大合併で土地の面積は増え、島根県最大になりましたが、職員は減る一方です。地方交付金も増えない。従って、今後は民間企業や地域の方々が担っていかなければならない。きっと無理なく続けられる事業モデルが存在するはずです。それは何かを、現在探索しているところです。
--:実際に、そうした事業モデルは作れると思いますか。
豊崎:そう信じないとやっていけないでしょう(笑)。
実は、地元のNPO(Nonprofit Organization)に大きな可能性を感じており、頻繁にコミュニケーションをとっています。益田市の方々は志が高く、たくさんのNPOが活動しています。そうしたNPOの代表者は、地域のことを真剣に考えています。代表者たちを集めて議論してもらうと、新しいアイデアがどんどん出てくる。このため、複数のNPOを束ねて新しい仕組みを作り、そこに地元企業などが参画して支援していく。これが本当の意味での「自立できる仕組み」だと考えています。
日本は、他人任せの風潮が強い。このためできることを実際に見せないと世の中は変わっていかない。益田市が変われば、日本中で変わることができる地方都市が出てくるはずです。日本人はモノマネが得意。新しい事業モデルがうまく機能していることを見せれば、日本全国に広がっていく可能性が高いと思います。