超ロングな坂道で見え隠れする、人間の本性
ようやく到着した雄勝ASでは、なんと地元で獲れたホタテの浜焼きが振舞われた。炭火で焼かれた分厚いホタテは、ほんのり塩味がきいていて旨味がたっぷり。都会で食べるホタテとはひと味もふた味も違う。おにぎりと一緒にあっという間に完食した。ここではサクッと休憩を済ませ、早々と出発することに。なぜかというと、このままではゴールの制限時間に間に合わないのではないかという焦りと、長く腰をおろすと二度と立ち上がれないような気がしたからだ。
ここから次の河北ASの間には、コースの中でもっとも標高が高い山がそびえている。みんな、かなり怯えていたのだが、実際に走ってみるとこれまでのような急な坂は少なく、超ロングな緩い坂がずっと続いているという感じだった。なので、さほど肉体的な過酷さはなく、一定のペースで峠を越えることができた。印象的だったのは、下り坂のほう。上り坂が超ロングだった分、下り坂も超ロングでめちゃくちゃ爽快だった。
これは経験値にもよるのだろうが、下り坂は性格が出る(と思う)。いつも温厚なチャリ部長はすごいスピードで下っていき、またいつもアンニュイなハリポタ子さんも鬼気迫るスピードで駆け下りていく。きっと二人ともアゲアゲな裏の顔があるタイプ。逆に、何人に追い抜かれようともがっちりブレーキをかけ続ける沼メガネちゃんと筆者は、いたって保守的なタイプ。職場の仲間とサイクリングに出かけた際は、ぜひ下り坂に注目していただきたい。
ノスタルジックな「河北AS」で最後の休憩
長かった山深い道を抜けると、両脇に民家が立ち並ぶ道路に到達。あちらこちらで地元の方々が旗や手を振って出迎えてくれている。チャリ部長は「なんかジブリ映画の世界に迷い込んだみたい」と言っていたが、まさにそんな感じ。ずっと山の中にいたので、周囲のギャップに不思議な感覚になったのを覚えている。
なんとも言えぬ心地よさに誘われながら、ようやく最後のエイドステーション「河北AS」に到着した。ここでは、地元の精進料理「平椀」が振舞われ、濃いめの味付けとほどよい甘さにほっこり。疲れきった体を癒してくれる優しい味わいだった。
また、ここでは小さな池でザリガニ釣りもできたのだが、沼メガネちゃんが糸を垂らすとすぐにザリガニがヒット。今日一番の笑顔を見せていた。あぁ若さって、素晴らしい。他のメンバーは皆、無言で平椀をつつくのがやっとの有様なのに。
最後のエイドステーションで、各々しっかり体力を回復させ、いよいよラストスパートに向けて自転車をこぎ出した。
ゆっくり、じっくりのラストスパート
河北AS~ゴールまでの道のりは、これまでの山道とは違い、走りやすい平坦な道が中心。地平線が望めそうなほどだだっ広い田園風景を横目に、静かな河沿いの舗装道をひたすらに進んでいく。マイナスイオンたっぷりの山道も気持ちよかったが、開放感たっぷりのこちらもまた気持ちいい。ここまで走ってきた65㎞の道のりは実にバリエーションに富んでおり、さまざまな表情でライダーを楽しませてくれる。
みんなも、さぞいい顔してるんだろうなと姿を確認すると、……いつしか目の前を走る沼メガネちゃんと二人きりになっていた。今回ずっと後ろを走っていて気がついたことがひとつ、それは"沼メガネちゃんが決してブレない"ということ。こんなに平坦な道なのに、山道を走っていたときとほぼ変わらないスピードなのだ。決して、スピードを上げたり下げたりしない。ずっと同じ。何十人に追い抜かされようと、チャリ部長やハリポタ子さんが遠ざかっていこうと、ずっと同じ。
それなのに、信号待ちで止まったときに「いっぱい追い抜かされるから、めっちゃ焦りますね!」と言ってきたので驚いた。イヤイヤ、焦ってないよ! 君の走りから焦りはみじんも感じられないよ! って言いたい気持ちを静め「そうだね」と答えた。決してブレない、という彼女の大きな長所を発見した。
6時間超のロングライドのすえ、遂にゴール!
ラストスパートを噛みしめながら走りきり、ようやくゴールの石巻専修大学に戻ってきた。ゴール前の道では大勢の観客たちが「おかえり~」と声をあげて出迎えてくれる。ちょっとウルウルしながら、念願のゴールを果たした。走行時間は6時間半。平均タイムが4時間半ということを考えると、我々がいかに奮闘したのかがわかっていただけるのではないだろうか。
今回「ツール・ド・東北」に出走してみて、さまざまな魅力に気づくことができた。純粋にサイクリングの楽しみ、自然豊かなコースを走れる爽快感、エイドステーションで味わう美味な地元料理……それはもう、あげればキリがないほど。でも、きっと「ツール・ド・東北」唯一の魅力だと言えるのは、やはり"地元の人々との絆"だろう。
走っていると、至るところで地元の人たちが応援してくれるのだ。家族そろって声がけしてくれる人、大きな大漁旗を振ってくれる人、横断幕をつくって大勢で応援してくれる人、車で横を通るときに「がんばって」と声をかけてくれる人……走行中、声援を送ってくれた人数はとてもじゃないが数えきれない。きっと、自分の人生でこれだけ大勢の方に応援してもらったのは初めてだと思う。
ライダーたちは東北の人たちに"元気になってもらいたい"という想いでイベントに参加するが、逆に地元の方々に"元気をもらえた"という人も多いのではないだろうか。少なくとも自分は、コースを完走するための元気も、東京に帰ってからも頑張っていこうと思える元気も、大勢の地元の方々からもらえた。この絆こそが、「ツール・ド・東北」が大勢のライダーから愛される所以に違いない。
「ツール・ド」後、仕事がうまくいくようになった
完走後、われわれメンバーは帰りの電車と新幹線で気絶したように眠り、週明けに筋肉痛でバキバキの身体を引きずりながら会社に出社した。はっきり言って満身創痍の状態だったが、走行中にマイナスイオンをたっぷり浴びてリフレッシュできたし、完走できた達成感もある。なんだか気持ちがいい。
なにより、仕事もやりやすくなった。純粋にコミュニケーションが増えたし、メンバーのことがよくわかるようになったのも大きい。「沼メガネちゃんは地道にコツコツやるタイプなんだろうな」「ハリポタ子さんは緩急の波があるタイプなんだろうな」など、65kmのライドを通じてわかったことは実に多かった。長い期間をともに働けば見えてくることかもしれないが、たった1日でメンバーとの距離が縮まり、分かり合うことができたのは、ビジネスの面でもメリットがとても大きかったと思う。
読んでくださったビジネスマンの方々の中には、「職場の同僚と馬が合わない」「部下と意思疎通がうまくいかない」「上司と心の距離がある」と感じている人も多いはず。そんな人は、来年の「ツール・ド・東北」に職場の仲間たちと参加してみてはいかがだろうか。爽快なサイクリングが、豊かな自然が、温かな地元の方々が、きっと誰もの絆を紡いでくれるに違いない。
※取材協力:ヤフー