温度測定とファン制御を見直し、他のThinkPadでも?
レノボでは、クーラーユニットのファンから発生する風切り音の抑制にも以前から注力している。冒頭で示した「フクロウの羽」もファンのブレード形状において飛行時の静穏性に優れたフクロウの羽の形状を取り入れたものだ。このように、レノボでは、クーラーユニットの静音化を重視しているが、X1 Carbon 2019とX1 Yoga 2019の開発では、その実現のために「非可聴領域回転数の使用」「表面温度センサーの使用」「長時間実利用想定シミュレーション」を実施した。
非可聴領域回転数とは、聞き取れないほどに小さな音でファンを回し続けることを重視した回転数制御だ。なお、「非可聴領域」という言葉から「風切り音を聞き取れない周波数」にする技術と思うかもしれないが、レノボにおいては「音圧」を制御して聞き取れないようにするという方向で開発している。また、非可聴領域に相当する音圧の値は、レノボの内部におけるユーザーテストによって独自に定めている。このユーザーテストでは、日本人の他、北米、中国 台湾のスタッフも参加(ただし、その多くは日本人が占める)して、世界共通の値として扱っているという。
ファンの回転数はPC内部の温度に合わせて制御する。温度が高くなれば回転数を増やし、低くなれば回転数を落としてファンから発生する音圧を抑える。この仕組みは長年にわたって変わっていない。ただし、PC内部の温度測定方法は変化している。そのポイントは「どこの温度を測定するか」だ。従来、測定値としてCPU内部(もしくはGPU内部)に組み込んでいる温度センサーを用いてきた。PC内部で発生する熱の多くはCPUを起因で、加えて、処理負荷に応じて発生する熱も可変なので、CPU内部の温度に合わせてファンの回転数を変更するのは理にかなっている。
ただ、その一方で、CPU内部の温度変化と比べてPC内部の温度変化は緩やかで、かつ、冷却機構や本体内部の気流経路によっては、表面温度の上昇を抑えることが可能だ。表面温度を下げるためにクーラーファンの回転数を制御する場合、CPU内部の温度ではなくPCのボディ表面温度を測定すればファンの回転数をより低く設定でき、その結果、ファンの風切り音も抑制できる。その仮説のもと、ボディ表面に温度センサーを実装したという条件で長時間(具体的には4時間30分)の実利用想定シミュレーションを実施した。CPU内部温度でファンの回転数を制御した条件では、多くの時間で非可聴領域を超える音圧となった一方で、ボディ表面温度で制御する条件のシミュレーションではほとんどの時間で音圧が非可聴領域を超えることがないという結果だったとしている。
レノボによると、2017年までのモデルはCPU内部温度でファン回転数を制御しており、過渡期にあたる2018年のモデルでは表面温度で制御するモデルが加わり、2019年のモデルで全面的に表面温度制御に移行する予定だ。
「フクロウの羽」がクルマの技術で変わる?
「フクロウの羽」というキーワードで訴求してきたクーラーファンでは、「自動車業界で培われてきた技術」を新たに取り入れている。レノボがX1 Carbon 2019とX1 Yoga 2019のために開発したのは「レゾネーター」「スポイラーブレード」「シャークギル」だ。
レゾネーターは、自動車のエンジン吸気路に用意した“小部屋”(空気室)に吸気の一部を導いて音を発生(共振)させ、吸気時に発生する音を打ち消すパーツだ。これと同じ仕組みの空間をクーラーユニットの吸気路に設けている。レノボの説明によると、空気室の容積と空気室に気流を導入する経路穴の大きさ、長さによって、抑制できる音の大きさと周波数が決まる。開発ではこれらのサイズを変更した膨大な数の組み合わせで半年をかけて試行錯誤を繰り返したという。
スポイラーブレードでは、クーラーファンの背面側に突起を設けている。自動車のボディ(主に後端部)に取り付けたスポイラーは、走行時にボディ後方で発生する真空部による抵抗と気流の乱れによる音の発生を減らす効果があるが、スポイラーブレードでも同様に、消費電力と発生音を抑制できる。シャークギルは気流通路の排気口近くに設けた整流用の突起で、排出気流を均一化することで、熱交換効率の向上を目指している。
ThinkPadというと、CPUなどPCとしての高い処理能力や堅牢でシンプルなデザインのボディ、そして、打ちやすさを重視したキーボードなどが高く評価される。しかし、今回紹介した熱設計や電源管理といった目立たない部分においても長年培ってきた(ある意味アナログ的な)ノウハウが可能にする新機軸の採用など、ノートPCとしての「基礎体力」の高さも重要な特徴だ。ノートPCの購入検討ではこのような側面にも注目したい。