水曜日の19時を過ぎると、秋葉原にあるeスポーツ施設「e-sports SQUARE AKIHABARA」に、続々と人が集まってくる。
彼らの目当ては格闘ゲーム『ストリートファイターV AE(ストV)』の対戦会「Fighter’s Crossover -AKIBA-(FCA)」。自由にストVの対戦を楽しめるコミュニティイベントだ。42席ストVをプレイできる環境が用意されており、空いている台があれば誰でもプレイ可能。イベント内で初中級大会やマスター未満大会といったトーナメント戦が開催されることもある。
店内は「ガチ対戦エリア」「2先エリア」「初中級・プラチナエリア」「横並び対戦エリア」に分かれていて、自分の腕前や目的に応じたカジュアルな対戦を楽しめる。入店料は、2時間コースで1,300円(1ドリンク付き、18歳未満は1,000円)、3時間コースで1,800円(1ドリンク付き、18歳未満は1,500円)、閉店までの通称“やる気コース”で2,500円(2ドリンク付き、18歳未満不可)だ。「ゲームセンターのように誰でも気軽に対戦できる場」がコンセプトで、楽しみかたのスタイルも、「黙々とプレイするタイプ」や「ワイワイ交流するタイプ」とさまざま。女性や外国人、子ども連れのファミリー層がいるかと思えば、プロゲーマーの姿もあった。
いまでこそ、アーケード版も展開されているストVだが、タイトルのリリース当初はPlayStation 4とWindowsのみの対応だった。オンラインで世界中のプレイヤーと対戦できる仕様だったとはいえ、ストリートファイターのような対戦格闘ゲームは、ゲームセンターというオフラインの場でコミュニティを形成してきた歴史がある。
つまり、主戦場がオンラインに移ったことで、これまでオフラインで顔を合わせながらゲームをしてきたコミュニティの集まる場所がなくなってしまったわけだ。そこで、FCA主催者であるかげっちさんは、ストVでもゲームセンターのように集まれる場所をつくろうと、2016年にFCAをスタートさせた。
最初は30⼈程度だった参加者も、今では90人ほどに増え、多いときには100人を超えることもあるそう。取材当日も会場はにぎわっており、ほかの対戦を見ながら自分の順番を待つ参加者がいたほどだ。
目指すはコミュニティとeスポーツ施設の共存
FCAのようなオフラインのゲームイベントが催されるeスポーツ施設。2017年までは国内に数えるくらいしかなかったが、2018年以降は急激にその数を増やしている。とはいえ、どのeスポーツ施設でどのようなイベントが行われているか、どのような楽しみ方ができるか、把握して使いこなしている人はそこまで多くないのではないだろうか。
FCAが開催されているe-sports SQUAREでは、どのようなイベントが行われているのだろう。店長を務めるRIZeSTの疋田力也氏に話を聞いた。
「最近では企業のイベントが増えてきていますね。e-sports SQUAREでは、年間130件ほどのイベントを開催しており、そのうち6割がFCAのようなコミュニティイベント。残りの4割が企業のイベントです。ゲームをしながら部署の飲み会をすることもあって、見ているだけでもおもしろいですよ。部長と新人が対戦するとき、『絶対勝つなよ』みたいな接待プレイがあったり(笑)。また、イベントでは、ゼリー飲料やエナジードリンクなどをサンプリングすることもあります」
疋田氏は、e-sports SQUAREの利用傾向をそう説明する。やはり、最近はeスポーツに興味を持った企業の利用が増えているようだ。
定期的に開催されているイベントでは、毎週水曜日に行われているFCAのほかに、毎週木曜日にバンダイナムコエンターテインメントが主催する格闘ゲーム対戦会「Fighting Thursday」があり、単発のイベントでは、有名配信者のファンミーティング、あまりゲームがうまくない配信者のプレイを見て楽しむ交流会など、さまざまな形のコミュニティイベントがあるという。
「eスポーツというと、プロのシーンばかりが注目されがちですが、それ以外にもいろいろなゲームコミュニティの形があるんです。知らない人同士でも、コミュニティイベントではすぐに打ち解けられるのが魅力ですね」
ゲームの楽しみかたは人それぞれだ。プロゲーマーの試合だけがeスポーツではない。企業案件の比率が増えているe-sports SQUAREだが、疋田氏としては、多彩な色を持つコミュニティイベントの数と比率を増やしていきたいのだという。
「なぜかというと、コミュニティが育たなければ、eスポーツ施設も成り立たないからです。いまは企業イベントもあるのでe-sports SQUAREの運営がうまくいっていますが、コミュニティイベントだけで施設が運営できるようになれば、そのやり方が1つのモデルとして全国各地のeスポーツ施設にも波及していくのではないかと考えています。その最初のモデルケースになりたいですね」
規模は大小さまざまだが、ゲームコミュニティは全国に存在する。もし、e-sports SQUAREがコミュニティの力だけで運営していけることを示せれば、それをモデルケースに各地のeスポーツ施設も成功できるかもしれない。
だが、個人がコミュニティイベントを開催するのは、そんなに簡単なことなのだろうか。
「もちろん、簡単ではないと思います。そのため、e-sports SQUAREでは、個人でコミュニティのイベントを開催したいという熱意のある人向けに、イベント制作支援プロジェクトを用意しています。これは、通常いただいている会場費を基本無料にして、来場者の入場料と飲食料から得られた収益を主催者の方とシェアするというもの。そのうえで、イベントの準備など我々もできる限りのお手伝いをさせていただきます」
もちろん誰でも使える制度ではない。イベントの内容や主催者のコミュニティイベントにかける情熱などから、疋田氏が「一緒にイベントをつくりたい」と判断したものに限られる。
とはいえ、収益も共有するとはなんとも太っ腹。そんな大盤振る舞いで施設は利益を出せるのだろうか。
「収益をすべて我々が取ってしまったら、コミュニティは次のイベントを開催するための元手がない状態になってしまいます。なので、事前に決めた割合できっちりシェアすることにしました。e-sports SQUAREとしては、通常の会場費分に届かないこともありますが、コミュニティの育成のために、そのリスクは我々が負います」
疋田氏は力強く答える。赤字になるリスクを背負ったとしても、コミュニティの育成を優先させる姿勢は崩さない。長期的な関係性構築を狙っているのだ。
実はこのプロジェクトのモデルになったのがFCA。イベント制作支援プロジェクトは、かげっちさんがe-sports SQUAREと一緒に考えて作ったFCAの運営モデルを基に作られたのである。e-sports SQUAREには、コミュニティと一体となって、より良いイベントの実現方法を模索する姿勢があるといえよう。
また、現在はイベントオンリーで運営しているe-sports SQUAREだが、かつてインターネットカフェのような事業形態を採用している時期があった。しかし、常に施設がオープンしていると、利用者の来店時間もバラけてしまう。パラパラとやってきて、対戦相手がいないければ帰ってしまうこともあるだろう。運営しているなかで「この時間帯に行けばほかのプレイヤーもいる」と伝わることが、コミュニティの形成にも有効だという結論になったという。