SNSアカウントを開設し、“公式”として運用する企業は、2014年前後から目立つようになった。SNSは顧客接点を強化する有用なツールのひとつである。しかし、投稿への反応が少ない、フォロワーが増えないなど、思うようにいかないことに悩みを抱える企業も少なくない。
一方で、人気アカウントとして数万、数十万ものフォロワーが付き、ひとつひとつの投稿へのエンゲージメントが高く、企業の認知度拡大をはじめとしたポジティブなインパクトを得る企業もある。今回、そのひとつでもある文房具メーカー「キングジム」の事例を紹介する。
キングジムが運用するSNSのうち、約33万フォロワーを抱えるTwitter(@kingjim)と約4万9000フォロワーを抱えるInstagram(@hitotoki_official)の運用について、それぞれの担当者に話を伺った(いずれも数字は2019年4月24日時点)。
キングジムのTwitterは、2010年2月にアカウントを開設し、今年で9年目を迎える。他の企業よりもいち早くアカウントを立ち上げたのは、既にTwitterを活用していた社長が、Twitterという新しいメディアを活用し、顧客接点を持ちたいと考えたのがきっかけだった。
「当時、2008年に発売したデジタルメモ『ポメラ』について、お客様がハッシュタグを付けて使用感や次機種への要望などを活発にツイートしていました。ちょうどその頃、オフィスワーカー向け商品が大半だった弊社で、個人向け商品が増え始めていました。
BtoBをBtoCに広げるタイミングに、お客様の声を拾ったり、コミュニケーションをしたりするための場として、Twitterを通じて情報発信したいと考えていました。とくにこれまで弊社製品と接点がない世代の方ともつながりを持てたらと期待していました」と、運用担当者は語る。
「キングジムさんならどう発信するか」を想像する
しかし、運用開始から約半年は手探り状態で、製品を紹介するツイートしかしなかった。現在と同程度で1日約10投稿はするものの、Twitterユーザーとの交流はなく、発信する情報は自社サイトとほとんど変わらなかった。
4桁止まりだったフォロワー数が5桁へと急増したのは、Twitterユーザーとの“会話”を始めてからだった。運用担当の方は何気ない会話のほか、製品に関する質問へ回答したり、製品購入者のツイートに反応したりと、“交流”することこそがTwitterの醍醐味だと話す。
「キングジムさんというキャラクターが私の中にいて、投稿するときは『“独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する”を経営理念に掲げるキングジムさんならどう発信するかな』と考え、自分の人格とキングジムさんの人格を足して2で割る感じで発信しています。また、組織にいる会社員という立場上、どうしても内向き志向になりがちなため、日頃から会社と社会の両方に軸足を持つよう、バランスを保つことを心がけています。」(運用担当)
Twitterユーザーとの交流を始めた9年前から、このスタンスは変わらない。3.11を機にTwitterユーザーが急増し、企業アカウントの存在が社会的に注目され始めた頃、フォロワー数は6桁を超えるまでになっていた。
ひとりでも多く交流したい。だからルールを持たない
とても興味深い話がある。33万を超えるフォロワーを有する今でも、キングジムのTwitterには運用ルールやマニュアルは存在しないという。
「政治や宗教、スポーツなどについての情報やネガティブな内容、一般的な感覚に照らし合わせて適切ではないと考えられる内容は投稿しない、という当たり前のことに気を配っているくらいで、運用マニュアルなどは設けていません。一時期『マニュアルを作ろう』といった声があがり、資料にまとめたこともありましたが、やめました。
社内向け資料を作るのに時間をかけるくらいなら、アカウント開設当初の目標『キングジムを知って、好きになってもらうこと』に向かって、ひとりでも多くの生活者と交流し、必要としている方に製品情報を届けようと、方向転換を図りました。
だから、ツイートの投稿に、上司の確認や決裁のフローも設けていません。そのプロセスがあると、リアルタイムでのやりとりができなくなってしまうため、担当者の裁量で進めています。それで問題が起きたこともありません」(運用担当)
交流のひとつに、Twitterユーザーから寄せられる質問への回答がある。基本的にその日寄せられた質問には当日中に返すことを心がける。ただ、答えに迷うときはユーザーのタイムラインを見て、その人物の個性や考え方を受け止めた上で、最良と考えられる答えを返すようにしているという。
ソーシャルリスニングで得た情報を添える強み
製品情報:日常会話=3:7くらいのバランスを意識した投稿は、一見何気ないツイートのようで、工夫が散りばめられている。製品情報を紹介する場合、ただリリースを元にツイートするだけではない。ソーシャルリスニングを通じて得た、キングジムにとっては想定外でもある「Twitterユーザー独自の用途」をツイートに盛り込むのだ。
たとえば、クリップタイマー「リミッツ」(クリップとタイマーが一体化した製品)はリリース後、同人誌作りに携わる人々が何人も、「印刷所に入稿する日までのカウントダウンに使える」とTwitterに投稿していたという。その用途を入れ込んで製品発売日に投稿したところ、反響が大きく、届けたい層に届いているのを実感したという。
「Twitter運用を始めて5~6年経った頃、9歳の小学生からファンレターをいただいたり、最近では89歳の女性から年賀状をいただいたり、どちらもとてもうれしかったですね。キングジムという社名の認知度はまだまだですが、ブランド認知や好感度をこれからも上げていきたいです」(運用担当)
キングジムのTwitterを見たのを機に製品を買ったことがある人は、アンケート回答者約1万5000人中44%に及ぶとの結果も出ている。テプラやキングファイルなど、キングジムを代表する製品の認知度は、30~40代の社会人だと高いというが、それ以外の層にも確かにリーチし始めていることが窺えるデータである。