静岡県とJRグループが今年6月まで開催している「静岡デスティネーションキャンペーン」では、首都圏から近い伊豆エリアでも各種イベントが企画されている。ゴールデンウィークの連休を利用し、伊豆エリアへ旅行する人も多いだろう。

  • 伊豆急行線を走る「黒船電車」(写真提供:伊豆急行)

    伊豆急行線を走る「黒船電車」(写真提供 : 伊豆急行)

その伊豆エリアで、4月から東急電鉄とJR東日本、ジェイアール東日本企画による「観光型MaaS」の実証実験が行われている。この実験に向けて開発されたアプリ「Izuko」を使えば、デジタルフリーパスを購入することで一定区間の電車・バスが乗り放題になるほか、観光施設の割引チケットや、レンタカー・レンタサイクルの予約・決済などをスマホ上で一括して行える。

実証実験は2回に分けて実施。「フェーズ1」が「静岡デスティネーションキャンペーン」と同じ2019年4~6月、「フェーズ2」が2019年9~11月に行われる予定だ。

■アプリで電車・バス・観光施設をつなぐ

「MaaS(マース)」は最近よく耳にする言葉なので、ご存じの人も多いだろう。「Mobility as a service」の略で、自家用車以外のさまざまな交通手段による移動(Mobility)をひとつのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ概念だ。

たとえば地方の観光地などを旅行する際、「電車・バスの時刻を別々のアプリで調べる」「駅に着いたらタクシーがいないので電話番号を調べて呼ぶ」「レンタサイクルをどのように探せばいいかわからない」といった不便な思いをした経験のある人は多いはず。その上、決済方法が統一されておらず、交通系ICカードやクレジットカードが使えない事業者や店舗も、地方にはまだまだ多い。

そこで、電車・バス・レンタカー・レンタサイクルを含めたさまざまな交通手段に関して、スマホアプリを通じてつなぎ合わせ、経路検索や予約・決済などを一括して行えるようにする。先端技術を使った便利さを提供することで、公共交通機関で訪れる観光客を増やそうというのが、今回の実証実験のねらいだ。

こうした実験が伊豆で行われる背景には、バスの本数が少ないなど二次交通が不便であるため、伊豆エリアの観光客の約8割がマイカーで訪れていることや、下田市にはクレジットカードが使える店が2軒しかないといった実態がある。

また、伊豆エリアは都市部よりもいち早く住民の高齢化が進み、バス・タクシーのドライバーの担い手が減ることも予想される中、地元住民の買い物や通院の足となる交通手段を確保することも地域の課題となっている。

  • 伊豆エリアで運行されるAIオンデマンド乗合バス

今回、地元のタクシー会社3社が協同してAIオンデマンド乗合バスを運行する取組みも行っているが、これには観光客の利便性向上を図るだけでなく、地元の高齢者の足としての乗合交通の可能性を検証する目的もある。ちなみに、AI(人工知能)は乗客の予約状況に応じて、最終目的地までの経由するルートを瞬時に計算するために活用する。

■「Izuko」アプリのデジタルフリーパスは2種類

では早速、「Izuko」をダウンロードして、さまざまな観光名所がある伊豆急行線の終点、伊豆急下田駅に向かってみよう。

東京・横浜方面から伊豆急下田駅へのアクセス方法としては、同駅まで直通する特急「踊り子」で向かう、あるいは東海道新幹線に乗り、熱海駅でJR伊東線・伊豆急行線の列車に乗り換えるといった方法がある。

  • 伊豆急行「リゾート21 ~Izukyu KINME Train~」(写真提供 : 伊豆急行)

今回は熱海駅から伊豆急下田駅まで直通運転を行う「リゾート21」(伊豆急行2100系)に乗車した。「リゾート21」は追加料金なしの普通列車であるにもかかわらず、展望席なども設けられた豪華で快適な車両だ。現在、「黒船電車」「キンメ電車」の2編成が定期列車に使用されており、時刻表は伊豆急行のホームページにも掲載されている。

さて、「Izuko」アプリをダウンロードしたら、続いて一定区間の電車・バスが乗り放題となるデジタルフリーパスを購入してみよう。デジタルフリーパスの購入には、あらかじめクレジットカード情報をアプリに登録しておく必要がある。

ここでいくつか注意点がある。まず、デジタルフリーパスには「Izukoイースト」(3,700円)と「Izukoワイド」(4,300円)の2種類あり、フリー区間が異なる。

「Izukoイースト」のフリー区間は伊豆急行線全線および伊東市内・下田市内の主要なバス路線。一方、「Izukoワイド」のフリー区間には中伊豆エリアを走る伊豆箱根鉄道駿豆線(三島~修善寺間)、修善寺駅と河津駅を結ぶ東海バスの路線なども範囲に含まれ、より広域な旅を楽しむことができる。いずれも有効期間は2日間だ。

なお、デジタルフリーパスは経路検索を行い、経路を選択して購入する仕様になっているが、その際に東京都内などエリア外が出発点になっていると、「チケットご購入・料金計算ができません」というエラーが表示される不具合がある(4月23日取材時点)。この不具合に関して、東急電鉄の担当者によれば「現在、修正の対応中」とのことだ。

  • エリア外が出発点に指定されている場合、エラーが表示され、デジタルフリーパスを購入できない

  • 電車のアニメーションが動きだしたらチケット購入完了

デジタルフリーパスの購入が完了して有効になると、画面上を電車のアニメーションが動き出すので、目的地に到着したらこの画面を窓口の係員に見せれば良い。ただし、フリー区間は伊東~伊豆急下田間(伊豆急行線)なので、熱海~伊東間(JR伊東線)の運賃は別途、精算が必要になる。

■伊豆エリアの6施設で料金などの割引も

伊豆急下田駅に到着したら、まずは路線バスに乗って下田海中水族館に行ってみよう。バス乗車時も電車と同様、スマホの画面を運転手に見せればOKだ。観光施設のチケットも、アプリから事前に購入できる。アプリの「観光施設」タブを開き、該当の施設を選択して購入する。

アプリならば、下田海中水族館の通常料金が2,100円のところ、1,700円と割引価格で購入できる点が大きなメリットになる。また、画面を見せるだけで入口の列に並ばずに済むので、限られた滞在時間を最大限に有効活用できる点もうれしい。

  • 下田海中水族館(写真提供 : 下田市観光協会)

  • 観光施設のチケットは地図上の場所をタップして購入する

こうした割引チケットを購入できる施設は、ペリー提督が下田に来港した際に乗船していた黒船を模した遊覧船で下田港内をめぐる「サスケハナ号」も含め、計6施設ある。

さて、いったんバスで伊豆急下田駅に戻り、今度はオンデマンド乗合バスで「ペリーロード」に出かけてみよう。ペリーロードは、ペリー提督が実際に歩いたとされるレトロな街並みが残る平滑川沿いの小径だ。

  • サスケハナ号(写真提供 : 下田市観光協会)

  • 古い街並みが残るペリーロード周辺

下田の旧市街は歴史的な街並みが残る反面、昔ながらの細い道が多く、路線バスが入れない「交通空白地帯」の多さが問題だという。そこで活躍するのが、バンタイプの「ジャンボタクシー」を使ったオンデマンド乗合バスだ。

  • AIオンデマンド乗合バスの乗降場所

オンデマンド乗合バスはどこからでも乗れるわけではなく、旧市街に設置された専用の乗降場所、計16カ所でのみ乗降り可能。乗降場所には「Izuko」のマークが路面にペイントされている。

実際にオンデマンド乗合バスを呼んでみよう。アプリの「オンデマンドタブ」を開き、行先などを入力して「車を呼ぶ」ボタンを押すと、最寄りの乗降場所が案内されるとともに、車がいつ到着するかなどの情報が表示される。

  • AIオンデマンド乗合バスを呼ぶと、現在地、乗降場所、車が到着までの時間などが表示される

このオンデマンド乗合バスは、前述の通り、観光客のみならず地元の人たちの買い物などの足としても期待されている。現在は実証実験中ということもあって無料で利用可能だが、将来に向けて料金をどのように設定するかは検討中だという。

オンデマンド乗合バスを運行する会社のひとつ、伊豆急東海タクシーの代表取締役社長、大戸敏宏氏は、「運行費用の一部を観光客の皆さんにもご負担いただくビジネスモデルが確立すれば、運用コストの面でメリットが大きい」と話し、今後は観光客にも積極的に利用してほしいと呼びかける。

9月から始まる実証実験「フェーズ2」では、オンデマンド乗合バスに自動運転技術を導入することも検討されているが、「A地点からB地点への単純な移動行為は自動運転を推進すべきです。人が介在しなければならない部分についてどのようにサービスを確立するかが、我々二次交通事業者の課題です」と大戸社長は話す。