思えば、フレスコボールは現代社会と重なる部分が多いのではないでしょうか。かつての社会では“厳しさ”から生まれる規律と成果が重んじられていたが、今は“優しさ”から生まれる充実感が必要とされているのではではないでしょうか。この競技は現在の社会の縮図であり、組織で働く上での大切なヒントがふんだんに盛り込まれている、という見方もできる気がします。

  • 思いやりのスポーツが変えたものとは?

    思いやりのスポーツが変えたものとは?

松浦さんは愛知県長久手市出身。中学、高校、大学ではバレーボールに打ち込みましたが、特にスポーツエリートというわけではなかったそうです。2002年のドラマ『恋ノチカラ』の影響で広告業界を志すようになり、法政大学卒業後、2012年に都内の大手広告代理店に入社しました。

「社会人1年目、すごくやる気があったんです。『なんでもやります』という感じで仕事しまくっていたら、忙殺もされまくり、毎日終電で帰っていました。平日は何か趣味をやる暇もなくて、休日も飲みに出かける程度。仕事に慣れるまでは、あまりアクティブにはなれませんでした」と振り返ります。

フレスコボールとの出合いは約2年前。会社の後輩に誘われたことがきっかけでした。「後輩は日本代表の人ともつながりがあって、その人のFacebookに『日本代表になりました。始めたばかりでも日本代表になれます』と書いてあったんです」。すぐに日本代表になれる、という言葉の面白さや、ユニークな競技性に惹かれ、軽い気持ちで始めたところ、即座にその楽しさにとりつかれていきました。

日常に磨耗していても、ラケットで打ち合うと「気持ちいい」という爽快感だけが残りました。楽しいから「続けてみよう」と思うのは、ごく自然なことでした。大会にも顔を出すようになり、知り合いも増えた17年11月ごろ、「顔見知り程度」だったという日本代表・芝卓史さんに声をかけられ、練習をともにするようになります。競技人口がまだまだ少ないため、日本代表クラスの選手との距離も近く、すぐに仲間意識が芽生えることもこのスポーツの魅力です。

代表クラスの人々と頻繁に練習を重ねるなかで、次第に「自分も日本代表になりたい」との強い思いが胸に灯りました。「楽しいから続けてみよう」は、いつのまにか「上手くなりたいから続ける」という意志に変わっていました。芝さんとペアを組み、「上手くなれるチャンスだ」と、周囲がちょっと引くほどスパルタな猛練習を繰り返しました。ペア結成後の『ミウラカップ』では優勝するも、18年8月の『ジャパンオープン』では準優勝に終わり、祝勝会の最中に悔しさのあまり涙することも。自身でも驚きだったようですが、そんな日々は、充実感でいっぱいだったといいます。

  • 本場ブラジルの選手権に出場した際の写真

    本場ブラジルの選手権に出場した際の写真

同9月に日本代表に初選出され、12月には本場ブラジルで開催される世界最高峰の“フレスコボールブラジル選手権”に参加。日の丸を背負うと「それ相応の人間にならないといけない」と自覚も芽生えました。世界トップクラスとのレベル差を目の当たりにし、心境にも変化がありました。「今も続けていられる理由は、『楽しい』と『上手くなりたい』。日本代表なのにこの程度か、という目で見られてしまうのは嫌だ。だから、上手くならなくちゃと思います」。

仕事ぶりにも、同じように変化がありました。「営業として相手の意図を汲みとったりするのは、良くなりましたね。さらにいろんな人とも、垣根なくコミュニケーションをとれるようになった気がします」。フレスコボールが仕事にも良い刺激を与えているといいます。

目標設定や自己実現の必要性に迫られ、戦略的に自身のキャリアを構築することを要求されがちな現代にあって、松浦さんの姿勢には、「いかに健やかに生きるか」というメッセージが詰まっているように思えます。楽しいことをとことん楽しんでいたら、いつのまにか……。楽しさは義務に大きく勝ります。自分の心を解放できるものごとに打ち込めば、きっと、別の景色が見えてきます。

  • フレスコボールの普及が“夢”だという松浦さん

    フレスコボールの普及が“夢”だという松浦さん

現在、松浦さんはフレスコボールの普及という“夢”にも動き出しています。「日本はプレーできる場所がたくさんあるのに、今は知名度があまりなく、少数の人だけがプレーしている状態。日本中の人々がプレーするようになるのが、僕の夢です。僕らが日本で競技した“最初の世代”でもあるし、それを仕事のひとつにしていけたらとも思っています。フレスコボールが、僕の人生を変えた」。ちょっとやってみようか。何気ないその一言から、人生は大きく変わっていくんです。

ところで、松浦さんが次にペアを組むのは、五十嵐恭雄さん。リアリティ番組『あいのり』に出演し、“嵐”の愛称で親しまれたあの人も、フレスコボール選手です。楽しいことをとことん楽しんでいたら、いつのまにかそこにいた。そんな生き方をする松浦さんに、ちょっぴり憧れたりもしました。

  • (写真左)松浦さんとペアを組む五十嵐恭雄さん

    (写真左)松浦さんとペアを組む五十嵐恭雄さん