東京・杉並区の永福体育館のメインエントランスを通れば、奥に見える屋外ビーチコートから「パン、パン、パン」と、心地よい打球音が聞こえてきます。見ると、10人ほどの男女が2人1組となり、一定の距離をとってボールを打ち合う少々見慣れない光景を物珍しそうに眺める見物客で人垣ができていました。これが注目度・人気ともに急上昇中の“フレスコボール”というスポーツです。
フレスコボールとは?
ブラジル・リオデジャネイロ発祥のビーチスポーツで、1つのボールでラリーを重ねる競技。「ゴム製のボールと木のラケットで行う、激しい羽根突きのようなスポーツ」といえば、イメージはしやすいでしょうか。あくまでもラリーがどれだけ続くかを競うスポーツであり、テニスのように相手を打ち負かすことは目的としていません。それだけにパートナーのどこに打てば打ち返しやすいかなど、意思疎通をはかることが重要なポイントとなり、“思いやりのスポーツ”とも形容されています。
日本でも雑誌やテレビ番組などで特集が組まれ始め、にわかに注目を集めているフレスコボール。取材した記者(ソフトボール経験者)も体験してみました。
2人1組でボールを打ち返し合うだけなんですが、これが楽しい……! ラケットを振る動作は、爽快感につながります。また、ラリーをひたすら連続させていくと、徐々に体中のストレスが溶け、汗と一緒に流れ出ていくような感覚がじわっと広がるんです。大ホームランを打ってしまい、「ごめーん!」と爆笑しながら倒れ込んで、ミスすることすら楽しすぎる。
ほかの競技のようなガチ感や、ギスギスした競り合いも皆無。青空とビーチの開放感、すぐに打ち解けてくれる緩く和やかな雰囲気、プレーヤーたちのポジティブな熱気などに触れ、1時間ほどの体験中、居心地の良さが果てしなかったです。
競技歴“2年”の日本代表
そんなフレスコボールを始め、競技歴2年で日本代表に上り詰めた“普通のサラリーマン”がいます。松浦孝宣(たかき)さん、30歳。普段は都内の広告代理店で営業として働いています。日本代表と聞くと、凡人とは一線を画す才能を持ち、常人には到底理解不能の努力を怠らないという、“選ばれし人間”と畏怖さえ感じてしまいますが、松浦さん自身は学生時代はスポーツエリートだったわけではなく、「いたって普通の男の子だった」といいます。
社会人になると仕事に忙殺され、新しいことを始める気持ちもあまりなかったとも明かす松浦さん。それでもフレスコボールの世界に飛び込み、昨年、ブラジルでの大会に日本代表として参戦を果たしました。なぜ、そこまで打ち込めたのでしょうか。そこに至るまでの道程を聞くと、松浦さんは楽しいことをとことん楽しんでいたら、いつのまにかそこにいた、そんなふうに笑顔で語り始めました。
松浦さんは、フレスコボールの魅力を「相手を負かすわけではないため、年齢や性別問わずペアを組めるし、小さい子どもでも短時間でできるようになります。攻撃する言葉も自然と出てこないですし、相手を褒めながらプレーすることができる。ブラジルでは車椅子のプレーヤーもいて、オリンピックとパラリンピックの垣根もない、個性を尊重するスポーツでもあります」と話します。
記者も始めて10分ほどはラケットの中心に当たらず、あらぬ方向にボールが飛んでいきましたが、すぐに真っ直ぐ打ち返せるようになりました。スポーツの経験があまりなくとも、数時間ほどで一通りのラリーが続くようになるそうです。
ラケットとボールは1万円以下でそろえられるし、ボールはストレスボールよりもちょっと硬いくらいの弾力なので、直撃してケガすることはほとんどないとのこと。ビーチというロケーションや、新競技という物珍しさ、始めるためのハードルの低さ、そしてデザイン性抜群のラケットなどの要素が相まって、流行に敏感な若者たちからの人気も高まりつつあります。
とはいえ、松浦さんらトップ選手のラリーは体感速度120キロを超える別次元。「みなさん、始める前は『簡単そう』というんです。でも、やってみると最初は意外と難しいし、ラリーを速くしようと思うと、これができない。その悔しさからハマってしまう人は多いんです」(松浦さん)。シンプルだけど奥が深い。いや、シンプルだからこそ奥が深い……。
実際にプレーして身に染みたのは、相手を思いやることの大切さ。自分が好き勝手に打っていれば、相手が右に左に振られてしまい、ラリーは続きません。どこが得意なエリアなのか、どういう癖があるのかを話し合って共有し、相手が嬉しいポイントに適切な速度で打つことを心がけると、ラリーは驚くほど続くようになりました。