いざ、山にわなを仕掛けに行く

ではでは、狩猟体験に話を戻そう。狩猟についての座学の後は、実際に"わな"を仕掛けに宿の裏山へ向かう。

  • 宿のすぐ裏手の山道から山中に入っていく

事前に、空き地でわなの構造や仕掛け方などの説明を受けた。使用するのは「くくりわな」と呼ばれる代物で、お弁当箱のようなアルミの箱を地中に埋め、その上を動物が踏むと即座にワイヤーが足を締めつけて捕獲できる構造となっている。

  • 野田さんのわなを仕掛ける実演。やってみると、かなり力が必要

  • 今回の狩猟に使うのは、この「くくりわな」

  • 踏むと、このようにワイヤーが即座に締まる

ここからは、野田さんが師匠と仰ぐ、同じく猟師の内田康夫さんも同行し、実際にわなを仕掛けていく。内田さんは、猟師歴ウン十年というベテラン中のベテラン。山男らしいワイルドな風貌ながら、ジョークを連発するお茶目なオジ様だ。

  • ベテラン猟師の内田さん

山中に到着するも、どこにわなを仕掛ければいいかわからずにオロオロしていると、「そこ!」「あそこ!」と的確に指示をしてくれる。

  • うまくわなを隠せずにオロオロしていると、内田さんが手際よく仕上げてくれた

「おー、これが熟練猟師の勘ってヤツかぁー」なんて感心していたのだが、ちょっと違うらしい。勘なんて曖昧なもんじゃなくて、「ここに足がきて、この枝をよけて、ここを踏むから、この場所にわなを仕掛けるんだ」と、めちゃくちゃ的確なのだ。しかも参加者が仕掛けたわなを見て「これじゃダメだ」と手直しもしてくれたのだが、これがスゴい。仕掛け終わると、どこにわながあるのか、素人目にはさっぱりわからないのだ。

  • わな設置完了。どこにあるかわかるだろうか? 素人目には絶対わからないので、山菜採りの人がわなにかかってしまうこともよくあるそう

「スゲェー! スゲェー!」と言っていると、内田さんは「人間にバレるようなわなに動物は絶対かからないからな」と断言。この完成度の高いわなこそが、猟の難しさを物語っていると言っても過言ではないだろう。

※罠の設置については狩猟免許所有者が最終的な設置を行っています

まさかのイノシシ解体に挑戦!?

全員が罠を仕掛け終わったころ、内田さんから「おい、今から昨日獲れたイノシシを解体しに行くけど、見にくるか?」と思わぬお誘いが。この後は夜にジビエ肉バーベキューをするまで時間が空いていたので「行きたいっす!」と即答して、内田さんの山小屋まで連れて行ってもらった。

  • こちらが内田さんの山小屋。見晴らしがよく、空気がおいしい

細い山道を車で走ること15分、見晴らしのいい小高い丘のような場所に内田さんの小屋はあった。ニワトリや犬が走り回り、空にはトンビ。「これぞ山小屋!」と叫びたくなるような光景が広がっている。でも、2頭獲れたというイノシシの姿は見当たらない。

  • ふっくらしたニワトリたちがのびのびと暮らしている

  • 空にはトンビ。内田さんが「見てろよ」と餌を投げると、ササッと上手にキャッチする。ほぼペット……

ふいに「ちょっとこのロープを引っ張ってくれ」と言われ、「ん、重いなぁ……」と力を入れて引っ張ると、いきなり山の中から吊るされたイノシシがどーーんと出現! まさかの登場に腰を抜かしそうになった。

  • 【閲覧注意】森の中から吊るされたイノシシが登場!

捕まえた後すぐに内臓は処理してあるので、2頭ともお腹はフルオープン。約40kgとさほど大きいサイズではないそうだが、かなりの迫力……。お腹はパッカリだけど、それ以外はまんまイノシシなので、今にも動き出そうな気さえも……。

  • 【閲覧注意】こんなに間近で見たのは初めて……いや、そもそも実物のイノシシを見たのも初めてだ

「じゃあ、やるか」と、内田さん&野田さんはナイフを巧みに使って皮をはいでいく。こんなシーンを初めて目撃したので、最初こそビビったが、みるみるイノシシからシシ肉に変わっていく様をみていると、いつしかコワい感情よりも興味深さの方が勝っていた。

  • 【閲覧注意】実に慣れた手つきでイノシシをさばいていく内田さん

  • 【閲覧注意】まずは皮をはいでいく。内田さんはスーッスーッと難なく切り進めていくが、実際は脂身と皮がしっかりくっついているのでかなり難しい

そんなとき、内田さんが「ちょっと代わってくれ」とひと言。「またまたぁ」と冗談だと思ったのだが「ほら、手袋つけてこい」と本気のご様子。言われるままに手袋をつけ、ナイフを握り、見よう見まねで皮をはぐ。これが、かなり難しい。イノシシは皮に分厚い脂身がくっついているのだが、これをキレイにはがすのは至難の業。しかも重労働。わなに続き、熟練猟師というのはスゴイなぁと改めて感心した。

  • 【閲覧注意】自分はわりと器用なタイプだと思っていたけど、このありさま。皮に肉がついてしまっている。難しい……

「昔はなぁ、猟師歴10年ぐらいじゃないと、ナイフなんて握らせてもらえなかったんだぞ」「なんか、すいません」「いいから、そっちの足やってくれ」「……はい」と、手厚いご指導を受けながら、日暮れまでみっちり解体を体験させてもらった。

  • 【閲覧注意】解体を体験させてもらうと、生き物の体の中がよくわかった

  • 【閲覧注意】料理人の野田さんもさすがのナイフさばき

  • 【閲覧注意】あっという間にイノシシが、シシ肉になった

ジビエバーべーキューで学んだこと

宿に戻ってからは、庭でイノシシ&シカ肉のバーベキュー。お肉はイズシカ問屋で加工されたものだ。「さっきまでイノシシの解体をしてたのに、よくイノシシ食べられるね……」という声が聞こえてきそうだが、これが不思議と食べられるのだ。というか、解体を経験したからこそ"ありがたく食べなくてはいけない"というちょっとした使命感があったのかもしれない。

  • イノシシ&シカ肉のバーベキュー。どれもとても美味だった

いざ口にしてみると、これがめちゃくちゃうまい。イノシシは脂がのってて肉の味が濃く、逆にシカはわりと淡白な感じ。東京でもジビエは食べたことがあったが、処理の仕方が丁寧だったり鮮度が高かったり、上質な中伊豆のジビエ肉は特有の臭みなどもまったくなくて本当に美味だった。気さくな女将さんが、シシ汁やシシ肉の角煮も振舞ってくれたのだが、そのどれもがうまい。東京に帰った今も、あの味が恋しくなるくらいだ。

  • 女将さんが振舞ってくれたシシ汁。肉の味が染みていて体がポカポカに

そんな食事の席では、内田さんが隣にいてくれたので色々と猟師の話を聞けた。ほんの十数年前までは里山にシカやイノシシはほとんどいなかったということ、昔はもっと大勢の猟師仲間がいたこと、そして毎日のように狩猟をしているけどなかなか獣害が減らないこと。ずっとこの場所で猟師をしてきた内田さんだからこそ、今の危機的な状況をなんとかしたいという想いがあるのだろう。

  • 内田さんは昔、伊豆だけでなく、さまざまな地域から呼ばれて狩猟に出向いていたそう

何気なく「今日仕掛けたわなに、明日はイノシシかかってますかね?」と聞くと、「どうだろうなぁ。でもイノシシがかかってても、お前すぐ近づくんじゃねえぞ」と注意された。聞けば、ワイヤーに締めつけられた足を自分で引きちぎり、突進してくることもあるのだという。「そりゃ向こうも命懸けだからさ」とのこと。そういえば、さっき解体したイノシシの一頭も足がちぎれかかっていた。

  • 【閲覧注意】解体のときに見たイノシシの足。骨は折れ、皮一枚でつながっている

やっぱり危険な目に遭うもこともあるんですか? と聞くと「あぁ、ついこないだもさ、120㎏の山の主みたいなデカいイノシシがかかって、いきなり突っ込んできて危なかったんだよ」と衝撃発言が飛び出した。今日見たイノシシでさえデカかったのに、その3倍ぐらいの超巨大なヤツが突進してくるなんて、……絶対死ぬ。

  • 宿の女将さんに見せてもらったイノシシの牙。写真では伝わりにくいが、かなり鋭利に尖っている。突進されたとき、この牙で動脈を傷つけられて出血し、山中のために助けが間に合わずに命を落とす猟師も多いとのこと

内田さんほどの熟練猟師はかわし方を心得ているそうで、そのときも少しばかり足を怪我した程度で済んだらしい。でも毎年、同じような狩猟中の事故で命を落とす猟師も少なくはないという。やはり"命懸けの仕事"なのだ。