近年、ソロアーティストとして活動する声優が増えている。歌唱だけではなく、作詞・作曲や演奏、振り付けなど、それぞれの声優アーティストが様々な個性を発揮するなか、楽曲制作からレコーディングまで、DTM(PCを使って音楽を作成・編集)を駆使してひとりでこなしてしまう声優がいる。それが、小岩井ことりだ。
そんな小岩井は、2018年年末に行われた「コミックマーケット95」に「DTMステーションCreative」としてサークル参加。ミニアルバム『Harmony of birds feat.小岩井ことり』を頒布し話題を呼んだ。もちろん自身が制作した楽曲も収録されている。今回は、サークルメンバーで「DTMステーション」代表の藤本健氏にも登場いただき、当日のコミケの様子を振り返りつつ、楽曲制作やDTMについてインタビューを実施。小岩井のDTMに対する情熱を伝えていく。
■まさかのコミケ参加
――そもそも、2018年の冬コミ「C95」に「DTMステーションCreative」としてサークル参加をすることになった経緯は?
小岩井 2016年春にDTMの検定試験であるMIDI検定の2級に合格したんですけど、それについて取材してもらったのが、藤本さんとの最初の出会いですね。
※編集部注:小岩井さんはその後、2級に続いて1級にもトップ合格
――当時、かなり話題になっていましたよね。
小岩井 その後に生放送番組の『DTMステーションPlus!』に出演させていただいてDTMの話などをしていました。藤本さんが作曲家の多田彰文さんと、「DTMステーションCreative」という同人サークルを始められたというのは知っていたんです。第1弾CDのゲストは小寺可南子さん。そして「第2弾をやるんですけど、小岩井さんどうですか」とお誘いを受けたのがきっかけですね。
藤本 2018年4月に行われた「M3-2018春」(音系・メディアミックス同人即売会)で第1弾を出したので、次はどうしようと考えたときに、「小岩井さんしかいないだろう」と(今回の経緯について詳しくはコチラ)。
――今回はコミケでの頒布だったんですよね。
小岩井 コミケでやりたいと言ったのは私なんですよ。2017年にコミケに遊びに行ったときに、情熱のある素敵なイベントだなと思って。でも、なかなか自分で出展するのは大変だし、「何かチャンスはないかな」と思っていたところだったんです。
藤本 僕はまったく想像できていませんでした。「コミケか!」って(笑)。
――コミケに出展しようということが決まって、そこからはどう打ち合わせていったんでしょう。
小岩井 多田さんを交えての打ち合わせたのは3回くらいでしたね。
藤本 まず、「誰が楽曲を作るか」「何曲作るか」ということを決めていきました。今回は多田さん作詞・作曲・編曲の「ハレのち☆ことり♪」と、小岩井さん作詞・作曲・編曲の「運命の輪を廻す者 XX」と、それぞれが制作をしているんですけど、当初は作詞と作曲をわけようみたいな話もあったんです。でも、みなさん忙しくて打ち合わせを何回も出来ないので、あまり現実的ではないということで、歌うのは小岩井さんだけど、楽曲制作はわけたほうが、作業が切り分けられていいかなと思いました。
■CDの音源ではもったいない
――収録楽曲が2曲というのは、それぞれが1曲ずつ作れるからですか?
藤本 アルバム的にたくさん作るという案もあったんですけど、それも現実的ではなかったんです。そこから、「CD1枚でいいの? グッズとか付けたほうがいいの?」という話し合いになりましたね。
小岩井 コミケに詳しい人たちからも意見を聞きましたね。私たちも慣れていないので、頒布の際にもたもたして混雑させると迷惑になってしまうので、できるだけ持っていくものは絞りましょうと。
藤本 お値段的にもなるべく端数が出ないように1枚2,000円にしました。最高に悩んだのは頒布枚数ですね。最終的にCDを1,000枚プレスしました。
――その1,000枚という数はどこから?
藤本 まず、第1弾も1,000枚だったんです。CDって100枚より1,000枚プレスしたほうが原価が抑えられるんです。でも、1,500枚までいくと余ってしまうかなと。コストパフォーマンスや頒布できる枚数を考えたときに、ギリギリのラインが1,000枚だったんです。
――ふたをあけてみたらあっという間の完売でしたよね。開場からどのくらいで終了したんでしょうか。
藤本 70~75分くらいでした。
小岩井 ほんとうにうれしかったです。サークルの場所も島中だったんですけど。列が外まで伸びていたみたいで……。
――壁サークルレベルですね……。
小岩井 でも、すぐに列は終わっちゃうかなと思っていたんです。なので、来てくれたみなさんとなるべくお話をしようと思っていました。ですが、スタッフさんから「列が外まで伸びている」と聞いて、途中からお礼を言うだけしかできなくなってしまったんです。
――実際にファンのみなさんと触れ合う機会ってなかなかないですもんね。
小岩井 そうなんですよ。私が出演している作品のグッズ、服やタオルなどを持ってきてくれたり、感動して泣いてくれたり。そして、自分が関わった作品を、直接手にとってくれる姿を見るのは初めてだったんですよ。その情熱が伝わってきて、ほんとうにうれしかった……。
藤本 頒布が終了したあとも購入できなかった方の列がすごかったんです。なので、小岩井さんが最後尾まで全部まわってくれて。
小岩井 「完売しちゃいました」という札をもって、「ごめんなさい! ありがとうございます!」って。みんな笑顔で迎えてくれました。
――頒布終了してからも参加者のみなさんはブースに来ますよね。そこで再販や配信などの希望もあったのかなと。
藤本 小岩井さんのラジオ『ことりの音』のキャラクター・小岩井社長のイラストを置いていたんですけど、終了した後も「写真だけ撮っていいですか」という方はたくさん来てくれました。再販や配信についても聞かれましたけど、CDはもともと1,000部だけのプレス予定。でも、配信についてはなんとなく考えてはいました。CDが余ったとしてもハイレゾで配信はしようと。
――そこは決まっていたんですね。
藤本 いつ配信できるかはわかりませんでした。個人で各配信サイトに配信できるのかなど。でも、せっかく多田さんや小岩井さんがいい音で楽曲を作ってくれたので、CDの音源だけではもったいないなと思っていました。
■作家とエンジニアの戦い
――そしてとうとう2月6日から楽曲が配信されました。配信されている音源は通常版とハイレゾ版がある。いまさらではあるんですけど、CD音源とハイレゾ音源についての違いも、簡単にお聞きできればと。
藤本 もともと音源データは多田さんと小岩井さんが作っていますよね。元になった高音質のデータを僕が受け取って、それをCD用にマスタリングするわけです。16bit/44.1kHzがCDのフォーマット。でも、多田さんの楽曲データは32bit/96kHz、小岩井さんの楽曲データは32bit/192kHzとなっています。
――そもそものフォーマットが違う。
藤本 これを統一するわけです。CDというのは一般的に、音を大きくして迫力あるように聞かせることが多いんです。迫力を出すために音圧を上げすぎると、音質の良さが少し潰れてしまうんです。CD版もなるべく潰れない範囲でマスタリングをしています。
――通常版はCD版と同じ音源ですか?
藤本 同じですね。そして、ハイレゾ版は元のデータを尊重はしていますけど、先ほども言ったように、多田さんと小岩井さんが作った楽曲の音質に少し違いがあったので、そこを整える作業をして、違和感がないようにしています。
――なるほど。いま調べたところ電子情報技術産業協会(JEITA)によると、「ハイレゾ音源とはCDスペックを上回るオーディオデータのこと」。つまり、16bit/44.1kHzより高いとハイレゾになるとのことですね。今回、コミケでCDを買った方でも、ハイレゾ版を購入して損はないぞと。
小岩井 ある程度いい再生環境で聴いてもらえれば、別物と感じると思います。その違いも感じてもらいたいですね。音の解像度が違うんですよ。
藤本 CDを持ってない人でも、通常版とハイレゾ版で聴き比べることもできますね。
――小岩井さんもハイレゾとして配信するのに譲れないものがあったのかなと思うのですが。
小岩井 ハイレゾ配信の際にというよりは、CD化するときに「CDとハイレゾの違いはしっかり出てほしい、CDではしっかり音圧を上げて、CDらしくしたほうがいいかな」という話はしました。
藤本 小岩井さん怖かった。
小岩井 ええー!?
藤本 「CD版、こんなんじゃダメ」って(笑)。
小岩井 言ってないですよー(笑)。
藤本 原曲を綺麗に作っているし、こだわりはすごくあるんですよ。でも、多田さんの楽曲と合わせるために、小岩井さんの曲をいじったところはあって、「これでいい?」と聞いたら……やっぱりバレるよねって(笑)。CDとハイレゾの違いをしっかり出したいというのは共通の想いではあったんですけど、「ここまで音圧を上げて潰したい」「なんとかならないか」という、作家とエンジニアの戦いでしたね。
小岩井 私の楽曲は物語音楽なので、物音や効果音がたくさん入っているんですよ。それが潰れてしまうと何の音かわからなくなってしまうものが多くて、ギリギリを攻めてもらいました。
藤本 そうなんですよ。雷みたいな音でも、潰すとなにかわからなくなっちゃう。普通に聞き流したらわからない差ではあるんですけど、作った側からすると、絶対譲れないところはありましたね。