2016年前後、Appleに対して「Mac軽視」の批判の声が最高潮に達した。遅々として進まないモデルチェンジや、最新プロセッサの採用の遅れから、しびれを切らしたユーザーも少なくなかった。また、Adobeがサブスクリプション制に移行し、MacとWindowsの行き来が容易になった点も、Macに固執する必要性がなくなる原因ともなっていた。

しかし、2016年10月のMacBook Proの刷新をきっかけに、2017年6月の全ラインアップ刷新とiMac Proの発表、2018年7月にはキーボード問題の修正を含めたMacBook Proの刷新と、10月のMacBook Air刷新、加えてMac miniをお手軽入門機からパワフルすぎるワークステーションへとクラスチェンジさせるなど、Macの改革を一挙に推し進めてきた。

  • 2016年秋のMacBook Proを皮切りに、AppleはMacのラインアップ刷新を矢継ぎ早に進めた

そのなかで、Apple独自のT2チップの採用も進めており、セキュリティやクリエイティブ分野で有効な「Macならでは」の性能を司るようになってきた。今後も、Appleデザインのチップの存在がWindows PCとの差別化要因を作り出していく――そんな未来を予測することができる。

では、Appleが次に取り組むのはどんな分野だろうか。まず思い当たるのが機械学習処理だ。iPhone XSやiPhone XRが搭載する最新のA12 Bionicプロセッサには8コアのニューラルエンジンが搭載されており、毎秒5兆回もの機械学習処理をこなす。

  • iPhone XSやiPhone XRが搭載するA12 Bionicプロセッサには、ニューラルエンジンが搭載されている

もし、次のMacに搭載されるT3チップがA12 Bionicをベースとしたものになれば、Face IDの実現やアニ文字・Memojiへの対応、あるいはインカメラによるポートレートセルフィの実現などに期待が高まる。そうなれば、FaceTime HDカメラは赤外線カメラを組み合わせたTrueDepthカメラに置き換えられるだろう。

Appleは、MacでもCoreMLを生かしたアプリ開発を実現している。iOSではニューラルエンジンが担当する処理を、MacではIntelプロセッサとグラフィックスチップに自動的に振り分けて処理する仕組みになっているそうだ。つまり、MacにおけるCoreMLの振り分け先がT3のニューラルエンジンになり、非常に強力な処理性能を発揮するようになるシナリオはきわめて現実的だ。

機械学習処理は、先述のようなセキュリティやコミュニケーションにかかわる処理に加え、コンピュータグラフィックスやゲーム開発、機械学習のアルゴリズム開発やモデルの作成などの高速化に威力を発揮することになる。

Adobeなどのソフトウェアが、Macで機械学習処理を生かした編集機能をより高速に提供するようになれば、クリエイティブ分野におけるMacの復権をより確実なものとするだろう。その点でも、Macへのニューラルエンジンの搭載は戦略上有効な一手といえる。

Appleの成長戦略どおり

AppleはiPhoneの発売以降、iPhoneに対して最も新しい技術を投入し、それをエコシステム全体に拡げていく、という手法を採ってきた。

例えば、RetinaディスプレイやTouch ID、SiriはiPhoneから始まり、iPadやMacへ搭載された。Siriは、さらにApple TVやApple Watch、HomePodに搭載された。最近の話では、iPhone XSやiPhone XRで搭載されたサラウンド強化のスピーカー技術を、iPadやMacBook Airでも体験できるようにしている。

T2チップがA10 Fusion由来で、ハードウェアでHEVCエンコードをサポートしている点も、iPhone発のテクノロジーの波及ととらえることができる。となると、今後のTシリーズのチップに、iPhoneの優位性であるニューラルエンジンが搭載され、MacでもCoreML処理時の高速化を実現できるようになるはずだ。

iPhoneの優位性が、Macの対Windowsや対Chromebookにおける優位性にそのままつながるかどうかは不透明である。だが、ハードウェアやソフトウェア、そしてアプリ開発者の連携を通じて、その優位性を顕在化させていく点もまたAppleのみが持つ強みであり、これもまたiPhoneで培った成長戦略の活用なのだ。