Appleは、昨年10月30日に発表したMacBook AirとMac miniに、Appleが開発したT2チップを新たに内蔵した。これまで、iMac ProやMacBook Proなど、デスクトップやポータブル型の上位モデルに盛り込まれていたが、1199ドルからのMacBook Airや799ドルからのMac miniに搭載してきたことで、今後Apple独自のチップをすべてのMacに搭載していく方針であることがうかがえた。
現在、T2チップを搭載していないのは、Mac Pro、iMac、MacBook、そしてTouch Bar非搭載のMacBook Proとなる。これらの製品も今後のアップデートを通じ、T2チップもしくはそれより機能が向上したT3などの新型チップを搭載することになるだろう。
T2チップはARMベースで、iPhone 7に搭載されるA10 Fusionと同等とみられている。iPhoneでは、Aシリーズのチップがシステムやアプリケーションの実行、各種メモリやセンサーの制御、画像処理、音声処理などを行っているが、MacにはIntelのプロセッサやグラフィックスが搭載されているため、T2チップはIntelチップが担当しない領域で活躍することになる。
セキュリティ強化に欠かせない存在へ
T2チップ以前にMacBook Proに搭載されていたのはT1チップで、Touch Barの制御や指紋認証のTouch IDのデータをセキュアに格納する役割などを担ってきた。しかし、Touch BarもTouch IDも搭載しないiMac ProにT2が搭載され、その役割がより深い部分へと波及することが分かった。
T2チップで大幅に強化されたのがMacのセキュリティ機能だ。
起動時にシステムが安全なものかをチェックし、Appleによって署名されていないシステムでの起動を排除するセキュアブートや、ディスクコントローラーの役割を担い、SSDへの書き込みと同時に暗号化を施すon-the-flyの機能が追加される。
これらによって、不正なシステムから起動できなくなる。もし起動に成功したとしても、IDとパスワードを持つ本人でなければ、暗号化されたディスクのデータにアクセスできなくなる。
これらの点は、企業でコンピュータを使ううえで非常に強力なセキュリティ機能を提供することになり、Macがエンタープライズ市場で今後非常に重要な地位を占めるようになることを示唆する。廉価版のMacBook AirにT2チップが搭載されたのも納得だ。MacBook Airは、Macが企業ユースに切り込む急先鋒となったモデルだったからだ。
また、T2チップを搭載するノート型のMacでは、蓋を閉じればマイクがハードウェア的に切断されて機能しなくなり、あらゆるソフトウェアやカーネルへのアクセスでも音声を拾うことができなくなるという。なお、カメラについては蓋を閉じれば真っ暗になるため、切断はされない。
こうしたT2チップに関するセキュリティの情報は、Appleが2018年10月に公開したドキュメントに詳しく記載されている。
クリエイティブにも役立つT2
セキュリティの強化は先述の通り、エンタープライズ企業には待望の機能だった。特に昨今、米中間でテクノロジー、特にプライバシーやセキュリティに関する争いが激化しているなかで、企業側はデータをあらゆるレベルでより安全に扱いたい、というニーズが生じている。Macはそうしたニーズをとらえ、勢力を拡げていく可能性が高い。
しかし、T2が役立つのはエンタープライズ向けだけではない。T2には、ハードウェアのビデオエンコーダとしての役割も備わっているのだ。
Appleは、iOSやmacOSで「HEVC」(High Efficiency Video Codec)と呼ばれる高圧縮コーデックを採用した。これにより、ビデオや写真は品質を維持しながら容量を半分に抑えることができる。しかし、高圧縮には当然高い負荷の処理が必要となる。そこでAppleは、AシリーズのチップにHEVCのハードウェアエンコーダ・デコーダを備えたのだ。これはT2チップにも受け継がれた。
AppleはMac miniのプレゼンテーションで、ソフトウェア的にHEVCを処理する必要があった旧モデルに対して、新モデルはエンコードで約30倍もの速度を実現すると明らかにした。実際、Mac miniでは、4K解像度で毎秒30フレームの1分の映像を、わずか1分でエンコードできる。第6世代以降のIntelプロセッサでもHEVCエンコードのアクセラレータは利用できるが、T2チップの優位性としてAppleがアピールしているところをみると、macOS上ではIntelチップよりもより効率的なエンコードを実現しているようだ。
しかも、Apple純正のQuickTimeだけでなく、サードパーティーのビデオアプリでもT2チップのハードウェアを用いたエンコードが利用できるようになった。そのため、クリエイティブ分野においては、Intelチップやグラフィックスカードとは別の要素として、内蔵するAppleのTチップの発展によってビデオ性能が向上していく道筋がついてきたことが分かってくる。
これまで、サポートするビデオカードが限られていた点、あるいはMacBookシリーズやiMacシリーズではそもそも拡張性が乏しかった点から、MacはWindows PCに対して性能面での優位性を発揮できずにいた。この点は、特にAdobeユーザーを中心に、AppleからMicrosoftプラットホームへのユーザーの流出を招く結果となっていた。
T2チップがクリエイティブ作業に及ぼす影響は、ビデオのエンコードという限られた領域に過ぎない。だが、今後はその性能向上によって、Windows PCと同等もしくは安い価格でより高速なビデオエンコード環境が得られるとして、クリエイティブユーザーのMacへの回帰も期待できるようになる。