11月15日に都内で、ATR社の新CEOに就任したステファノ・ボルテリ氏と、同社でエアライン・マーケティング・マネージャーを務めるエリカ・ソメルサロ氏による記者説明会が行われた。ATRは日本で、ATR42を確定11機、オプション2機。それとATR72を確定1機、それぞれ受注に成功しているが、将来的には日本で100機の需要を見込むとしている。

  • ATRの新CEO、ステファノ・ボルテリ氏

  • ATRのエアライン・マーケティング・マネージャー、エリカ・ソメルサロ氏

市場が変われば売り込み方も変わる

先に拙稿「エアバス記者会見に見る、民航機に求められるハイテク技術と商品性」において、「民航機はエアラインが利益を出すためのツールなのだから、なによりも経済性が重視される。テクノロジーは、それを実現するための手段であって、それ自体が目的というわけではない」という趣旨の内容を書いた。

その辺の事情は、ATRが主戦場としているリージョナル機の市場でも同じである。ただし、大きな需要が見込まれる中~大型機の分野でボーイングとガチンコ勝負を展開しているエアバスと、リージョナル機の市場を狙うATRとでは、当然、アピールの仕方に違いが出てくる。

ATRの製品は50~70席クラスのターボプロップ機であり、比較的近距離の路線で運航する。日本を見ても、既存カスタマーの天草エアライン(AMX)や日本エアコミューター(JAC)では、主として本土と近隣の島々を結ぶ航路に投入している。これから導入を予定している北海道エアシステム(HAC)は、都市間路線に加えて、利尻島や奥尻島といった島嶼向け航路も運航している。

こうした空路は、地域住民の足として必要欠くべからざる存在だが、決して需要が大きいわけではない。したがって、そこで運航する機体には高い経済性が求められる。しかし、ATRのアピールは、単に「エアラインにとっての経済性」にとどまっていない。

こうした地域路線の中には、「地元住民にとって必要だから」ということで、自治体から補助金を得て運航する事例もある。しかし補助金が出るからといって、不経済な運航が許容されるはずもない。

そこで「経済性が高いATR機を導入することで、税金による補助を減らすことができれば、その税金を他の分野で有効利用できる」「増便によって人の往来が増えて、地域経済に貢献できる」というアピールが出てくる。こういう話は、エアボスやボーイングの記者説明会ではあまり出てこない。

  • 「日本にはATRの製品ラインに該当する機体が就航する空港が半分あり、そこでフライトを増やすことは経済活性化につながる」との説明 資料 : ATR

以前、本誌の連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」第92回で、日本エアコミューターのATR42が備える特徴を紹介した時、キャビンにストレッチャーを設置できる点を挙げた。飛行機を使えば、船便よりも迅速な急患輸送が可能になるので、こうした仕掛けを用意しているわけだ。民航の定期便で急患輸送に対応できれば、自衛隊機の出動を要請する必要性が減る。

ただ、それができるのは平素から空路を維持できていればこそ。するとやはり、いかにして低コストで空路を維持・運営するかという課題がついて回る。

小笠原への空路開設を構想

現在、日本におけるATR機のカスタマーは九州と北海道に限られている(ただし各社とも、本州に乗り入れる路線も有しているが)。しかし、同社がそれで満足しているわけではない。「2025年までの間に既存ターボプロップ機の代替需要が50機、既存ジェット機の代替需要が30機、新規路線開設に伴う需要増が20機、トータル100機の需要を見込む」との旗印を掲げる以上、新規需要の開拓にも力が入っている。

そこでATR機を導入できそうなエリアとして挙げられたのが、小笠原諸島だった。現在は海路しかなく、高速船(テクノスーパーライナー)の導入構想は運航経費の高さが原因で頓挫した。そこで、ATRは「短距離離着陸が可能なATR42-600Sがあれば、短い滑走路があれば済むし、海路よりも早く行き来できる」として、人の往来が増えることによる経済効果をアピールした。

先の税金の話もそうだが、「エアラインにとってのメリット」だけでなく「地域にとってのメリット」にまで言及するのは、小型機メーカーならではの考え方といえる。

  • 小笠原への空路開設を視野に入れて、800m級の滑走路で運用できるSTOL型・ATR42-600Sの導入に関する議論を進めているという 資料 : ATR