さて、前掲の販売台数のグラフに戻ってみよう。このグラフでもう1つ注目すべきポイントは、グラフの後ろのほうだ。
このグラフでは、Acerまでが1,000万台以上の出荷台数を誇るメーカーだが、そこから後ろのSamsungの240万台、Huaweiの40万台、そしてMicrosoftの30万台という数字が並んでいる。ノートパソコンの出荷台数との比較であれば、わざわざこの3社をグラフに載せる必要はなかったようにも思える。
そこに感じる意図は、SamsungとHuaweiはAppleとスマートフォンで競合するメーカーであり、彼らがAppleと比べてこの分野でうまくいっていないことを暗に表しているようなものだ。
加えてMicrosoftについては、30万台という数字を示している。このグラフの中ではごく小さな勢力に見える一方で、MicrosoftはWindowsを開発しながらその新しいPC像を作ってきた背景もある。Appleとしては、Microsoftが作り出しているPCの新しいトレンドに対して、完全に優越であることを表しておきたい、という意図を感じるのだ。
スマートフォンから使い始めた世代にとって、パソコンもタブレットも生活の中で必要ない存在、と感じるかもしれない。しかし、圧倒的なパフォーマンスとペン・キーボードが利用できるiPad Proは、その操作性アプリの充実も含めて、彼らの世代にとって飛躍しすぎないステップアップしたデバイス、という位置付けを色濃く印象付ける。
PCの代替として、より高いパフォーマンスによって長く使えるデバイスという性格と、スマートフォン世代のコンピュータという性格の両面から、iPadのマーケットの組み立てをより強化していく、そんな戦略を改めて確認することができる。
iPadの欠点は、パソコンではないこと
Appleは、A12X Bionicを搭載する新型iPad Proについて、世の92%のポータブルコンピュータよりも高速であるとアピールした。iPadよりパフォーマンスが高いコンピュータには、MacBook ProやWindowsベースのゲーミングPCが含まれるが、その他の一般的なオフィスユースのノートPCを性能の面で凌駕していることを表している。
そして皮肉なことに、MacBookや新型MacBook Airもまた、92%のiPad Proより遅いPCに含まれている、ということだ。
AppleはMacBook Airを、iPad Proと同じイベントで披露した。価格は1199ドルからと、iPad Pro 12.9インチモデルの999ドルよりも200ドル高いスタートとなっている。しかし「最も愛されているMac」として、出荷台数の面で大きな期待が集まる製品だ。
iPad Proの優れた性能と価格の安さがあれば、コンピュータとしてMacBookやMacBook Airの存在価値はなくなるのではないか。そんな疑問すら浮かんでくることになるが、廉価版のMacBookシリーズが必要な理由は、日々iPadを主たるモバイルコンピュータとして使っている筆者も痛感する。
例えば、SafariやGoogle Chromeなどのウェブブラウザのデスクトップ版を使うためには、Macが必要だ。一部のウェブサービスでは、モバイル版のWebブラウザに対して利用できる機能を制限しており、結局Macのブラウザが必要な場面が絶えないのだ。そのほかにも、Adobeのソフトウェアやファイル操作を伴う込み入った作業のためにも、Macは結局必要になる。
同じような理由で、iPadやMacを使っていても、Windows PCが必要な場面は、特に日本のビジネス市場においては絶えない。Internet Explorerでしかアクセスできない金融機関や社内システムがあふれているからだ。
そのために、iPadでは利用できないInternet Explorerのために、MacBook AirにWindowsを導入して切り替えながら使ったり、それが面倒になった筆者は米国で399ドルのSurface Goを手に入れ、Internet Explorer専用PCとして使っている、というのが現実だ。
iPadは、すでにMicrosoft Officeが利用でき、Appleも小気味良い文書作成アプリスイートをアップデートし続けている。さらに、2019年にAdobe Photoshop CCがiPadに登場し、クリエイティブアプリの活用においてもiPadで対応できる範囲は広がっていく。しかし、レガシーな環境がiPadの足を引っ張っている状態が続いているのだ。
Appleは、そう長くない時間がその状況を解決してくれる、と考えているのかもしれない。IBM、Salesforce、CISCOなどの企業とともに、エンタープライズに対してモバイル対応を深めるパートナーシップを広げているのも、その1つといえよう。
先述の通り、AppleはiPadの四半期ごとの販売台数をもう発表しないが、マイルストーンとなる数字は提供するとしている。新型iPad Proの効果をどう評価すべきか、あと3カ月のうちに考えておかなければならない。