キャリアを巡る二つの視点

――先ほど自分のキャリアを意識し、選択することが必要だと話されました。具体的にはどのように考え、行動すればよいのでしょう。

個人のキャリアについては、大きく二つの視点があると思っています。一つ目は、ビジネスキャリア。自分自身のビジネススキルや専門性、ビジネスで活用できることをどうやって身に付けていくか。どのような企業で昇進昇格して、という仕事を軸にした視点です

もう一つが、ライフキャリア。自分自身が人生で何をしていきたいのか、何をすると自分らしく生きられるのか。結婚や出産なども含めた、私生活の歩みです。これを、どのように進めていくのか、という視点です。

ビジネスパーソンは、多くの時間を職場で過ごしています。そのため、キャリアというとビジネスキャリアばかりを意識してしまいがちです。また、同僚もビジネスキャリアを意識して働いているように見えるので、自分のライフキャリアをイメージする時間が少なくなりがちです。

しかし、これだけ外部環境が変化し、個人差や価値観の違いがうまれ、自由度の高い働き方ができる時代です。ライフキャリアを意識せずに仕事していて良いのか、という問題が出てきます。

  • ライフキャリアの意識が必要だと話す神谷氏

例えば、親の介護について、あるいは女性なら出産・育児に伴う休暇について、そういったことを、会社がどこまで真剣に考え、支援してくれるでしょうか。

一定レベルの調整や対応はしてくれるでしょうが、長期休暇をとった社員の昇進昇格は遅くなることはあっても、優遇されることはないでしょう。

会社が行うキャリア支援・キャリア開発は、あくまで「会社のパフォーマンスをいかに高めるか」というところに主眼があります。会社と個人、それぞれの判断基準は異なるので、会社がデザインしているビジネスキャリアに個人の私生活の事情を完全にフィットさせるのは、現時点で限界があります。

だからこそ個人が主体的にキャリアを考える姿勢が求められますし、個人を主語にしたキャリアをつくることが、大変重要だと思っています。

会社への適応がキャリアにもたらすリスク

先述の二つのキャリアを考える上で誰にでも起こりうるのが、適応というリスクです。人は、自分が主軸を置いている社会やコミュニティに、自らを適応させていく傾向があります。

自分が属するコミュニティ内の判断軸、考え方、そこで重視されているスキルといった、「型」のようなものを身につけていくのです。それは、その組織の中で仕事をしたり、生活したりする上では重要なプロセスです。一般的に、適応とはポジティブな文脈で語られるキーワードでしょう。

しかし、適応が進みすぎてしまうと、抜け出せなくなります。

全てを所属するコミュニティの判断軸や評価軸でしか解釈することができなくなり、そこから離脱、逸脱できなくなってしまいます。コミュニティの「中(内)」を意識しすぎることで、「外」の情報にアクセスしづらくなります。

例えば、重要なプロジェクトに参加しているときや繁忙期などは、自分のライフキャリアに対する意識は希薄化していくものです。仕事に没頭する状態が長期間続けば、やがて会社の外のことには関心を持たなくなる。いわゆる「会社人間」というものでしょうか。

このリスクを踏まえると、個人にとって良い適応とは自分の所属するコミュニティに属しつつも、どこか外部へ意識的になっている状態ともいえるかもしれません。

全ての意識を今いる場所にのみ集中することは、現在のキャリアにおいては効果的かもしれませんが、長期的なキャリア戦略としては得策ではないでしょう。

――では、適応が過剰にならないためにはどうしたらよいのでしょう?

少し矛盾した言い方になりますが、まず前提として今所属しているコミュニティ内で、しっかりと自分の価値を発揮することが大切です。専門性を修得したり、ビジネススキルを高めたりして、自分の価値を高めていく。

今いる場所で、世の中から評価される価値を生み出すことができなければ、外の世界に身を置いても評価されないからです。注意すべきは、「世の中から評価される」という点です。

外部環境から見て、あるいは一般的に見て、価値ある仕事ができているかという視点ですね。反対にその会社の中で評価されていても、市場価値が低ければ、長期的に不安定なキャリアと言えるでしょう。

――しかし、それだけでは適応レベルが高くなりすぎるリスクもありますよね?

それだけでは先述のように拡張的な視野は持てません。自らの市場価値を高めつつ、コミュニティの「外」の情報を収集する姿勢が求められます。変化に備えて準備をしておくことが必要でしょう。

そのためには、コミュニティの外で自らのキャリアにとって有益な人間関係を広く築いておくことがポイントになります。

内部で自らの価値を高めつつ、外部とのネットワークを構築していく。このバランスが大切ですね。内外に割り振るエネルギーをバランスさせることで、視野も広がっていきます。

自分の仕事が世の中でどのように語られ、持っているスキルはどこまで評価されるのか。それをさらに高めるためには何が大事なのか。今の自分にはどこまで柔軟な働き方が可能になるのか。このように自分のキャリアを俯瞰することが可能になります。

外の世界とのつながり方

日本人の多くは、他人にキャリアの悩みを話すことを避ける気がします。私が以前コンサルタントとして関わっていた大手企業でも、相談できない若手社員がいました。今、目の前の仕事にすごく嫌気がさしていて、やめたい、異動したいと思っているけれど、それを同僚や先輩に話せない。

それを話して、やる気がないとか、業務に手を抜いていると思われるのが恐いというのです。これこそまさに過剰に適応してしまっている状態ですよね。

自分のキャリアであるにも関わらず、会社を主語にして考えている。個人を主語にしたキャリアを考えるためには、外部の情報へアクセスし、自分が外の世界でどのようにキャリアを歩めるのかを想像することが重要です。

手段の一つとして、転職サイトに登録したり転職エージェントに相談したりする、という方法もあるでしょう。今まで自分が何やってきたのか、どんなスキルを持っているのか、これからどうしたいのかを、社外の人に向けて社外の言葉で話す。

自分の職務を、会社という枠を超えて、労働市場の観点から言語化することで、改めて、自分自身の価値を認識することができると思います。

そうして「どうやら自分の仕事は、外の世界ではより高い付加価値を持っていそうだ、自分らしいライフキャリアが歩めそうだ」ということが見えてきたら、そこから、自分自身のキャリアを前に進めるための戦略を練っていきます。

今の会社に対して、ネガティブな影響、致命的な影響を与えることなく、よりよく次のキャリアに移行するためには何が必要か、移行先の社会とのネットワークはどう作ればいいのか、などについて考えていく。

他にも、今の自分の能力で通用するのか、人間関係や価値観は合うのか、不安なことは情報を仕入れて準備する。積極的にアクションを進めながらも、着実に準備をしていく。このような動きですね。

今いる場所と、世の中の状況、そして自分のこれから居たい場所、居るべき場所。それらを俯瞰しながら、自分を変化させていく。それこそが、ある意味で「安定的」なキャリアの歩み方といえるのではないでしょうか。

取材協力

神谷俊

企業・地域をフィールドに活動。文化や人々の振る舞いを観察し、現地の人間社会を紐解くことを生業としている。参与観察によって得た視点を経営コンサルティングや商品開発、地域医療など様々なプロジェクトに反映させ本質的な取り組みを支援する。