「カレー粉を食べるとカレーの味がしないのはなぜ」。読者からいただいた、この質問。実は意外と深いんじゃないかと、勝手に深読みをしてみた。カレー粉、つまり、カレーパウダーって何? カレールウって何? そもそもカレーって何? なんで日本にカレーがあるの?
「今日はカレーよ」「やったー」と言っていた在りし日の記憶と無邪気さを思い出しながら、カレールウ売り上げナンバーワンのハウス食品に行って聞いてみた。
簡単にカレーを作れるルウは4つの主成分からできている
503億円(2016年4月~2017年3月)のカレールウ市場の中でトップを走るハウス食品が、初めてカレールウを世に出したのは昭和35(1960)年のこと。そして今回、「カレーについていろいろ教えてください」というお願いに応えてくれたのは、ハウス食品 ビジネスユニットマネージャーの船越一博さん。入社して24年、様々な事業部を通じてカレーを探求してきたそうだ。
松永: 「まずは読者の質問通り、『カレー粉を食べるとカレーの味がしないのはなぜ』を教えてください」 |
船越さん: 「カレーパウダーはスパイスの集合体で、我々が日常的に楽しんでいるカレーには、スパイス以外のものもたくさん入っています。カレーパウダーがないとカレーの味は作りにくいんですけど、カレーパウダーだけでカレーの味がするわけではないです。その意味で、カレーパウダーはカレーというメニューの味を作るもののひとつにすぎません」 |
松永: 「とっても手抜きをすると、カレールウをお湯で溶かすだけでもなんとなくカレーの味と形状にはなりますよね。そもそもカレールウは何からできているのでしょうか」 |
船越さん: 「カレールウの箱に書かれている原材料名を見てもらうと、イメージしやすいと思います。カレーパウダーは香りや色の部分、そして、味の中でも辛さの部分に影響する材料です。小麦粉はご飯の上にかかる時のドロっとしたとろみを生みます。もちろん、全体的なボディー感にもつながっています。ブイヨンやダシのような味のベースになる野菜や肉などから抽出したうまみやコクを、トマトパウダーやローストオニオンパウダーのような材料を使って作り上げています」 |
松永: 「ざっくり言うと、カレーパウダー、小麦粉、味のベースとなる素材、油がカレールウの4大要素ということなんですね。確かに、こうして見るとカレーパウダーはカレーの一部であることがよく分かりますね」 |
船越さん: 「これらがベースですが、それぞれの味の特長を出すために、『バーモントカレー』であればリンゴとハチミツを入れて甘くまろやかなカレーに仕上げています。それぞれの製品特長になるものを加えるというのは、お店や家庭によってレシピがあるのと同じですね。仕上げにチョコレートやコーヒーを入れるとか」 |
松永: 「そうですね。私も家ではオイスターソースを入れています」 |
船越さん: 「コクが出ます。実際、オイスターソースを使っているレトルトカレーもごく普通に売られていますし。もちろん、一般的に商品化されているカレーパウダーを使い、自分で素材をあわせて、いわゆる日本人に馴染み深いカレーを作ることもできます。ただ、そのためには調理技術・調味技術が必要になります。それを簡単に作れるようにしているのが、一般的に販売されているカレールウなんです」 |
日本のカレー史に海軍とクラーク博士あり!?
松永: 「日本人に馴染み深いカレーは世界の人にとっては異質なカレーだと思いますが、そもそもカレーには定義があるんでしょうか。例えば、スパイスが入っている料理をカレーというとか」 |
船越さん: 「日本におけるカレーは、特に誰も定義をしていないと思います。インドで作られている料理がイギリス経由で日本に入り、それが時代の中で今のカレーになっていったという、歴史とともにカレーを語ることが多いです」 |
船越さん: 「そもそもの話をすると、インドにはカレーパウダーというものは存在せず、スパイスが単品でたくさん売られています。それを家庭でお好みに合わせて調合して、日本人から見たらカレーのように見える料理を作っています。でもそれは、インドの人からしたら普通の料理を作っているわけなんですけど。歴史の中でインドと結びつきが深かったイギリスの人が母国に持ち帰る際、そうした細かな調合はできないものですから、簡単にあの味を再現できるようにカレーパウダーとしてイギリスで定義し、それがさらに日本に伝わったというわけです」 |
松永: 「インドから直接入っていないので、インドで使っているスパイスを使ったカレーと、日本のカレーとは全く別物になるのは自然なことだったんですね。では、タマネギ・ニンジン・ジャガイモ・肉というのは、どのような流れで定番化されたのでしょうか」 |
船越さん: 「いろいろな背景があって、たったひとつの正解があるわけではないように思われます。海軍で週に1度作る料理として持っていきやすい素材がそれだったとか、カレーの普及と時期を同じくして日本でそれらの野菜が栽培され始めたからだとか、クラーク博士が明治9(1876)年に札幌農学校(現・北海道大学)を開校した際にそれらの野菜を使ったカレーを生徒たちに食べさせていたからとか、さまざまなことが言われています」 |
船越さん: 「カレー自体は明治になる前に海外に派遣された船の中でカレーを食べたという記録が残されていますが、カレーを記した日本で一番古いとされている明治5(1872)年の料理本には、材料にネギやアカガエルなどが使用されていたようです。その後、海軍の軍隊食としてカレーが採用されています。ちなみに、イモとかニンジンなどの素材を入れると人によって具材の量にばらつきが出てしまうからという理由で、ある海軍ではひき肉を使ったキーマカレーが振る舞われたこともあったという話もあるようです」 |
バーモントカレーは日本のカレーを変えた!?
松永: 「カレーにネギですか。それがどうやってタマネギに変わったのか気になるところですね。日本のカレーの始まりはなんとなくイメージできました。では、カレールウはいつ頃誕生したのでしょうか」 |
船越さん: 「ハウス食品がこの固形ルウを初めて出したのは昭和35(1960)年です。日本初ではありませんでしたが、ほぼ同時期に何社かが固形カレールウの研究を始め、1950~60年代に各社がカレールウの展開を始めました。ハウス食品が初めて世に出したのは『印度カレー』です。その当時、カレーは大人の食べものという印象で辛いカレーだったんですが、それをお子さまでもおいしく食べられるようにしたのが、昭和38(1963)年に誕生した『バーモントカレー』です」 |
船越さん: 「ちょっとバーモントカレーの話をさせてもらいますと、バーモントカレーの開発時は食卓のメニューをお父さんが決めるという時代でしたが、今後はお母さんはお子さんが中心になってメニューを決めていく時代になるだろうと、当時のハウス食品の開発者は考えました。そのため、辛くて大人の食べものだったカレーの中で、家族みんなで食べられて子どもやお母さんが『これを食べよう』となりやすいカレーを目指し、バーモントカレーが誕生しました。当時の流通の方々に、『そんな甘いカレーが売れるのか』という声をたくさんいただいたと、ハウス食品の記録の中にも残っています」 |
船越さん: 「当時は甘口・中辛・辛口という言葉もありませんでした。バーモントカレーは甘口、その後、『ジャワカレー』という辛口のカレーが誕生したわけです。昭和47(1972)年にバーモントカレーから初めて辛口が出たことで、バーモントカレーは無印と辛口の2種類になりました。中辛はずっと後になってからですね」 |
松永: 「すみません。改めて箱を見て知ったんですが、バーモントカレーは米バーモント州が由来だったんですね」 |
船越さん: 「バーモント州に伝わる健康法がリンゴ酢とハチミツだったから、というのがネーミングの理由です。ただ、バーモントカレーはリンゴ酢ではなく、開発当初からリンゴを使っています。その意味では別の名前になる可能性もあったというわけです。でも、この名前にしてくれて良かったと私は思っています。たまに、"バーモンド"と言い間違える人もいるんですけど」 |
松永: 「確かに、バーモントカレーはリンゴとハチミツの甘いカレーというイメージが強いですよね。私も小さい時からバーモントカレーのお世話になっているんですけど、どのメーカーのものよりも容量が多かったように記憶しています」 |
船越さん: 「よくご存知ですね。量もそうなんですけど、皿数が12皿まとめて作れるのが他のカレーにない特長です。バーモントカレーの発売当初は、他のメーカーと同じく6皿タイプでしたが、昭和41(1966)年に12皿分が登場しました。食べ盛り・育ち盛りのお子さまにたっぷり食べてほしいという想いもありますので、これもバーモントカレーならではの隠れたポイントなんですよ。味わいはその時代時代の好みに合わせて少しずつ変わっていますが、バーモントカレーはリンゴとハチミツのまろやかなカレーで、ジャワカレーはさわやかな大人の辛さを体感できるカレー、というコンセプト自体は変わっていません」 |
松永: 「日本の食文化にあわせて、カレールウも進化してきたということですね。ちょっと気になったんですが、カレーの固形ルウは日本以外にも世界にあるんでしょうか」 |
船越さん: 「カレーを作る調味料的なものは韓国などでも作られていますが、日本でよく見られる固形ルウは日本の食文化ならではのものだと思います。欧州でも瓶詰めのカレーペーストがありますが、それで調理してもインドカレー系のサラサラとしたカレーになりますね。ハウス食品も世界にカレールウを輸出しています。ただ、中国では現地で製造し、中国人の食文化に合わせて小箱で展開しています。味も中国人に合わせて八角を入れ、色も日本のそれより黄色に仕上げています」 |
松永: 「スパイスが採れる国・地域でカレーが大衆化するのは分かるんですけど、なんで日本はこんなにカレーライスが大好きな国になったんだろうと、なんとなく疑問だったんですよね。その理由のひとつに、簡単にカレーが作れるルウがあったから、というのもありそうですね」 |
船越さん: 「そうですね。確かにイギリス経由で日本に伝わった際、カレーは洋食として日本に入ってきたわけですが、それが日本に定着したのはお米との相性の良さも理由として大きいと思います。現在では、お米の上にサラサラなカレーを載せても全然違和感はないと思いますが、当時の方だったら、お米の上にトロッとカレーが載っているのがお好みだったんじゃないかなと。それに適しているカレーライスというものが発明されて、それが日本で定着していったんだろうなと私は思います」 |